BaroqueGuitar (18c-French or German)
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Made by Makoto Tsuruta in 2004.



 

CRANE バロックギター 18世紀フレンチ(ヒストリカルコピーモデル)

 

私の2004年の製作楽器を掲載するコーナーです。ここでは18世紀のバロックギターを御紹介しましょう。

上の写真(右)は入手した時点の状態でだいぶ改造されてしまっていますが、1700年代の中期にフランスで製作されたものと思われます。ドイツの5コースギターにも類似したものがありますが、今回内部構造や文献をあたったところ、ブレイスやブロックの構造などから検証するとやはりフランスのバロックギターの可能性が高いように思えます。ドイツ製も否定せず、ひとまずフレンチということで説明していくことにします。今回はこのヒストリカル・コピーモデルを製作しました(写真左)。

演奏
今回製作したバロックギターで演奏したサウンドデータです。

Espanoleta
Time : 0: 39 (MP3 data 940KB) 演奏:鶴田誠

Canarios
Time : 0: 46 (MP3 data 728KB) 演奏:鶴田誠
 


 

 

【過去の改造や誤った修復】

このギター、本来は10弦5コースのはずですが、御覧のとおり6単弦化改造が施されておりヘッドは先端をカットして6本のペグ穴ブリッジも交換されて6本の弦穴になっています。傷みが激しく全体に数えきれないほどの亀裂が確認できるほか、裏板の交換、ボディ厚さ変更、ヒール損傷、ライニング追加、虫食い、指板交換、フラッシュボード損傷、バーフレット強制接着、ロゼッタ欠損、塗装剥離、ペグ交換..... と、キリがないほど、じつに悲惨な状態です。ここまで読むと「とんでもないガラクタ楽器」と皆さん思われるでしょう? ところが私にとってはじつに貴重な資料で、調べるほどに興味深い発見があります。ピリオド楽器として当時の楽器を知ると同時に改造や過去の修理の履歴を考察するうえでも意味深い情報源となるのです。

 

ガラクタ万歳!!(謎)

 

18世紀以前に製作された5コースギターは19世紀初期にはこのように6単弦に改造することが大流行しました。フランス革命や産業革命で新しい時代の幕開けに、いかに6単弦という当時のナウでヤングなギターに人気が高まっていったかを象徴するような楽器といえるでしょう。今回はじっくり取り組みます。

 

さて、前置きはこれくらいにしてさっそく製作過程を写真とともに御紹介しましょう。この楽器については現物を目の前に修復しながら採寸してコピー楽器を作っていくという方式で、去年もジョバンニ・バティスタ・ファブリカトーレと同様の手間がかかっています。しかし残念なことにファブリカトーレの時と違って今回は欠損部品が多く作業は難航することが予測されます..... 以下、そんなワケで事情を推察しつつみなさん御覧いただくと面白味も倍増するかと思いまする...... (やってるほうはタイヘンなんだけど)。

 


前編

製作の流れ

まずはじめにモールド(木型)を作るのですが、その前にお手本となる楽器のボディの状態をチェックします。まず、..... シェイプは維持されていますがボディの厚さが約8mm〜13mmほど薄くなっています。そのため上ブロックの形状を見なおす必要があり、かつライニングでボディの絞り込みが若干見られ..... などと一人でブツブツ言いながら採寸します.....

写真

 

 

バロックギターのモールドは内型と外型とがありますが、この楽器はサイドの状態からみて外型で作られたものでしょう。まぁ、今回の楽器は内型でも作れますが私自身19世紀ギターなど、外型のほうが慣れてもいるので今回は外型でまいります。ラウンドバックだと内型のほうが作りやすいですね。さきに紹介したイタリアン・セラスは当時は内型で製作されたと思われます。

写真

 

 

今回、最初に迷ったのがサイドの材料。オリジナルはなんとなく濃い茶色のような微妙な色ですが確定困難....  ジリコテやハカランダなどに見られる縞はほとんど見られず、かといってローズウッドほど軽くもありません。濃色のウォールナットのような深い色にも見えますが、どちらかといえば硬く重い印象です。当時の製作家は仕様が同じでパーツの異なるモデルを日常的に作っており、製作の作法を守れば材料は有り得る範囲内で置き換えも可能です。この時代にはメイプルボディのバロックギターも多いのですが、硬い材料で今回は作ろうということにして黒檀薄板を使います...... ワタシも黒檀好きだねぇ......(^_^)

じつはロゼッタの選択でも平面型かウエディングケーキ型かで迷ったので、当初は楽器も2本作るつもりでした、つまり、

(A)平面ロゼッタ + 黒檀ボディ

(B)ウエディングケーキロゼッタ + ローズ系ボディ

 

まぁ、同時に製作してもよかったのですが時間が限られており、私の製作する楽器は手の掛かるものばかりなので年間せいぜい3本程度作るのがやっとです(近年は修復が主体)。ですからひとまず今年は(A)でいきます。来年は(B)で作ろうかな?
............. というわけで迷ったあげく、サイドを曲げて下ブロックを付けます。ブロックは角材で接着したあとに削って成形します。

写真

 

 

バロックギターの製作で難しいのはネックでもアラベスクでも表面板でもなく、じつは「ブロック」なんです。19世紀ギターにも時代と地域ごとにブロック形状の違いや木目方向などの傾向はあります。しかしバロックギターではブロックの形状のバリエーションが意外と多いのです。そして250年〜350年前の楽器とあって現存する楽器は改造されたものも多いので図面などは必ずしも信用できません。このへんをちゃんと検証して作ってあるバロックギターは少ないといえます。

 


さきに述べたように古い楽器の場合、ヘッドの改造は頻繁に行われてきました。5コース10弦のバロックギターも18世紀後期以降に多くが6単弦化されたのです。たいていは1,2コース5,6コースを残して先端部分を切り取っていたので、写真のようにとてもイビツに見えます。じつはこの楽器、私が入手したときに木製コフィンケースに入っていました。ケース内部の形状もピッタリでしたがヘッドだけが寸足らずでしたので、まず間違いなく当時のオリジナルの付属ケースでしょう(金具も18世紀スタイル)。問題は切り取る前のオリジナルのヘッドの形状を推定せねばなりません。今回、いくつかの同時代の楽器を調べ、傾向的には4パターンぐらいの図面をイラストレータで描いたのですが、最終的には次の写真のような形状を選びました。

写真

 

もっとヘッドが広がって先端両側のツノが「なで肩」状のものも多いので迷ったのですが、この楽器では1弦と10弦周辺の形状からみてこちらのほうが適切と判断しました。次の機会に(B)を製作するときは「なで肩」のヘッドにしてみようかとも考えています。

  

 

 

というわけで前編はひとまずここまで。

 


 

中編

 

さて次は表面板とその周辺についての作業です。表面板はスプルースですが、充分乾燥された古いストックから選抜しました。この時代のギターは装飾の簡略化されたものも多いのですが、サウンドホールの周囲の口輪はわずかに1周する象牙のリングのみ。製作する立場としては楽ですが、物足りなさもちょっぴり.... でもここで余計な装飾を入れずにオリジナルの楽器に準じたスタイルを守って作業を進めることにしましょう。ルータでサウンドホールを開けて糸鋸盤で切り出します。

写真

写真

 

 

 

 

あとはブレイシングとロゼッタ装着の作業....  孔牛の皮を積層して装飾したパーチメントローズはイラストレータで描いてデザインナイフで切り抜きすべて手作り、........ ブレイシングはオリジナルどおりにコピーすればヨロシイ....... すでに何回もこのあたりの行程は説明してきましたので今回は詳細は省略。んでもって・・・・・・・クランプをかけて表面板とボデイを接着すればハコになります。

なんて端折った説明でしょう! もうハコになっちゃった。

写真

 

 

アーリーギターに不可欠ともいえるマウスターシェ/アラベスクはブリッジ周辺を飾る重要なパーツです。ルイ14世以降のフランスのバロックギターでもイタリア様式を模したアラベスクが多いのですが、この楽器はどちらかといえば伝統的なフランス様式の流れをくむシンプルなスタイルです。今回お手本にしたオリジナル楽器のアラベスクは当時のものと考えられますのでデジタルカメラで撮影してイラストレータでトレースし、プリントアウトしたものを黒檀板に接着して切り抜きます。

写真

 

 

 

こういった作業も最近はだいぶ慣れてきました。アラベスクの糸鋸切り抜き作業ではかつては部分的に折れたこともありましたが今年になってからは、いかに細いパターンでも絶対折りません。さきのセラスタイプのアラベスクもそうですが、糸鋸盤の習性を把握した今となっては自在にミスなく切り出せます。フフフフ...... 。

写真

 

 

 

というわけで、アラベスクも御覧のとおり忠実に再現。ちゃんと木目方向もオリジナルと揃えてあります。

 

 

次回の製作に備えてアラベスクも多めに作りました。いつになるかわかりませんが、いずれは別の解釈でこの楽器のコピーをもう一本作りたいと思っています。ちょっと並べて遊んでみたり......。3つ並べて遊んでみたり......。思った通りに加工できると自己満足にひたってしまいます(笑)。でもそれが作る喜びなんですよね。次にアラベスクとロゼッタの写真を掲載しておきましょう。

 

アラベスクとロゼッタ各種

 


 後編

 

ボディとブリッジ周辺の作業を終えたら次は指板やヘッド、パーフリングなど、完成と仕上げに向かうことにしましょう。まずはフィンガーボード・ポイント。リュート族の楽器ではおなじみですがモノによってはバロックギターにもあるんですね、これが。今回のオリジナルのギターではこのパーツは黒檀。17世紀以前のバロックギターの多くは9フレットあたりまでフラッシュボードが伸びていますが18世紀においてはこの部分だけでも多様化し、この場合9フレットと10フレットの中途半端な位置で表面板はカットされています。あれこれ観察したところ元々この位置であったようで9フレットから切り詰めたものではなさそうです。

オリジナルの楽器では象牙のフレットが打たれて改造されています。しかもよく見ると「ド」、「ファ」、「レ」.... のように音名が刻まれて痛々しい指板です.....。このオリジナルの楽器の写真を見て、もしあなたが製作家であれば左右の表面板がブックマッチでないことに気付かねばなりません。18世紀、19世紀のギターは非常に高品質な木材を使ってある楽器が多いのですが、反面必ずしも木目の綺麗な部分を対称的に揃えて使用することはなかったのです........

 

....... たとえば今回のこのギターの表面板右側のブリッジ脇に目をやると、節(フシ/knot)が確認できます。次の写真を御覧あれ。対称的に表面板左側にはこの節はありません。同様のことが18世紀後期〜19世紀初頭の6単弦ギターにもいえます。つまり当時は木目のうねったものや節のあるもの、色の変色したもの、3枚〜4枚をはぎあわせたものが積極的に用いられており、それは普及モデルのみでなく高級装飾モデルですら見られる習慣なのです。おそらく貴重な木材を大切に使った故でしょう。ファブリカトーレやラコートやパノルモであっても非対称の表面板や側面板の楽器はじつにたくさんの例があるのです。

現代のギターは木目の不揃いはグレードの違いとなって直接販売価格に影響し、同じ丸太から採取された板であっても値段が変わるのです。つまり同じ手間をかけて製作する楽器なのに50万円と80万円のギターの違いは.........木目のならびかた/美しさの違いに過ぎなかったりします.....。

 

じつは、今回私が製作したこのコピーの楽器でも左右の表面板は非対称で作っています。10〜12フレットあたりを観察すれば違いがわかりますので展示会で機会があれば観察してみてください。

 

 

 

フィンガーボード・ポイントの作業を終えたところです。先端のとがった部分より木目からわずかに並行を反れる直線部分のほうが難しいのです。この写真の右側のオリジナルの楽器と左の私のコピーを比較すれば忠実に再現していることがわかるでしょう。

 

 

 

次はパーフリングです。この楽器は今までとは一味違います。御覧のように表面板と側面板のエッジから離れて内部にフロートするタイプです。ロシアンギターや20世紀のドイツのギターでもこのスタイルのパーフリングは見られます。並行に溝を切るには....... 写真のようにパフリングカッタを改造することで解決。表面板をくり抜かないように刃の深さを調整して....... こう、カッターが一周したら表面板がパカンと鍋のフタのように開いたりして(笑)......... 慎重にボディシェイプをなぞってなめらかに切り出します。

 

 

 

掘った溝に薄板を積層してパフリングの模様を入れます。茶色と黒と白です。カッターの刃の幅を緻密に合わせておく必要があります。当時のギター(現物)のパフリングは退色しており、色の判別が難しく、思ったより苦労した部分です....。帯状の薄板は完全に一周できないのでどこかで継ぎ足す必要があります。展示会ではその継ぎ目を探すのも楽しみとしましょう......(^_^)

 

 

というわけでパフリングの継ぎ目の説明は省略して最後に一周した写真です。ゴール!

 

 

 

そういえばまだブリッジを付けていませんでした。
ブリッジの材は国や地域や製作家、あるいは楽器のスタイルによっても異なることがあります。ここでは黒檀を使っていますが、メイプル、ペア、あるいはワケのわからん木材の場合もあります。19世紀ギターのなかにはファブリカトーレのように果樹基材にツキ板 + 骨ピン といった仕様のブリッジも見られます(オシャレですねぇ)。今回は手堅く?黒檀を用います。ペアやアップルも考えられますがオリジナルがドイツの楽器であれば果樹のたぐいかもしれません。

写真

写真

 

 

弦長と弦幅の位置を確認してテープでマークし、ブリッジをニカワで接着します。その後両脇のアラベスクを接着します。

 

 

さあ、ペグを装着して仮の弦を張り、ガットフレットを巻いてアクション/弦高を確認します。ペグの形状がまた厄介でありまして、とりわけこの時代(18世紀)のバロックギターはペグ形状を確定するのが困難です。ほんとにマチマチなんです...。

 

 

塗装と弦高調整、そして弦の選択、細部の調整..... 地味な作業を重ねていきます。弦選びは頭が痛いところです。工房で一人で弾いているうちはやや弱めのテンションで満足しがちですが展示会では「音量勝負」みたいな一面もあって、やや張りと音量増大傾向で臨んだほうが結果が良かったりします。音の大きな楽器がエライわけではありませんが試奏するお客さんにとっては現場で明確に聞こえる楽器がよさそうに見えてしまうのもやむおえません。

この楽器の塗装は最初はダンマル系の材料を試したのですが塗膜が表面板には硬度的に不足であったので剥離してやりなおし、セラックとオイルを適宜使い分けました。ネックもじつは名古屋の展示会のあとに剥がして塗り直しています。オリジナルのギターの塗装は判別困難な状態ですが結果的には悪くない状態になったと思います。フレッチングは平均律で配置していますが、これも諸説あってイタリアの16世紀初頭の文献では「リュートは平均律に調律してあるのでオルガンのコンティヌオには合わない...」とありますが、それでも17世紀には逆にリュートとオルガンの合わせ物は好まれたようです。このあたりの事情は演奏家の方が詳しそうですね。

 

というわけで完成です。
16世紀〜17世紀のバロックギターとはあえて異なるスタイルを意識して作りました。18世紀フランス革命前夜の混沌とした雰囲気が出てますかね?

 

指板高域の焼き印はバロックギターやリュートで見かけますが、これは20世紀以降の製作家の習慣です。本来は12フレット位置の焼印は当時の一般的な習慣ではありません(表面板の最下部ブロックあたりに製作家名を焼印することはありました)。今回、個人的な事情でCRANEの工房焼印を入れてあります。

写真1

写真2

写真3

写真4

写真5

 

【主な仕様】

表面板:シトカスプルース
側面板&裏板:本黒檀
調弦:e',h,g,d,d',A,a'(A=440Hzにおいて)
弦長:660mm 12フレットジョイント
ブリッジ:黒檀
指板:黒檀
ナット:象牙
ロゼッタ:孔牛パーチメント
アラベスク:黒檀薄板による透かし彫り加工
フレットガット(羊腸):f1 : 1.00mm, f2 : 0.90mm, f3 : 0.85mm, f4 : 0.80mm, f5 : 0.75mm, f6 to f9 : 0.65mm
使用弦:キルシュナー社 総ガット弦(羊腸)。

 


 


by Makoto Tsuruta, TOKYO JAPAN.

 

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