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■ 18. 弦の選択
というわけで、あとは弦を張って演奏を楽しみましょう!! だけどホントは弦の選択ほどたいへんな作業はありません、理屈で計算して実際に張ってみたときの音がイメージ通りに実現できればよいのですがそう簡単にもいきません。あれこれとっかえひっかえしながら気に入った音色・音量・サスティーン、テンションなどを検討していきます。奏者の好みに大きく依存するので、他人の楽器の計算はよけいに難しいです。ここではあくまで鶴田の個人的好みで弦を選択していますが、いまだに「こんなんでいいのかなぁ〜〜??」と思ったり..........ここでもまた悩むのでありました..........。
バロックギターの調弦は現代の一般的なクラシックギターの6弦目を省いた5つの弦で、なおかつ単弦ではなく複弦であると考えれば(ひとまず)良いでしょう。さきに述べたように1弦をdに調弦することで当時の楽曲を当時の響きに近い感覚で楽しむことができますし、現代では演奏家によってはモダンギターとキーを同じくしたeで調弦する例も見られます。演奏のしやすさ、音の延び、楽器の保護、音色などの多くのファクターについて検討しましょう。
ソロで弾くぶんにはよほどのことがないかぎり楽器のキーや調弦で大問題が発生することはないでしょう。弦の張りかたは1〜3コースをユニゾンで、4〜5コースをオクターブで張るというような組み合わせのほか国や地域によって様々な調弦が実在したようです。フランスに見られる調弦とかイタリアで見られる調弦とか.........いずれにせよ現在、ギターを楽しんでおられるみなさんなら、とっかかりとしてバロックギターは思ったより身近な存在に感じることでしょう。さあ、計算してみましょう............。
はい、そういうわけで計算しました。次の表が今回製作したバロックギターの調弦とゲージです。もちっとテンションは強めでもいいかもしれません。ふだん私は e で弾くことが多いのですが本来の d に下げても使えるように弦を選択してみました。なお、5コースは巻き弦のユニゾンでもいいでしょう(好みもありますけど)。赤い数値が今回張った弦です。ナイルガットといえばAquila社以外にもキルシュナー社やピラミッド社といったメーカーがラインナップを揃えています、しかもそれぞれ弦の仕上げ等は異なるので試してみるのも面白いでしょう。当クレーンホームページの「弦のコーナー」に各社の問い合わせ先について記載してありますので御利用ください。
弦長:696mm A=440Hz
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備考:フレットガット 1〜3フレット:0.85mm 4フレット:0.75mm 5〜9フレット:0.65mm
● あ、そういえば当クレーンホームページで配布しているスペインのバロックギターA003の図面ですが、弦について私が計算しておきましたので参考にどうぞ。
弦長:624mm A=440Hz
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【バロックギターの調弦各種】
バロックギターの調弦についてはフランスやイタリアの地域によって、あるいは当時の作曲者や演奏家によっても違いがあったようです。あるコースをオクターブで張るのか、ユニゾンで張るのか.....この他にも様々あるようです..........[ キルシュナー社のカタログより引用 ]。1コースめはシングルで張ったほうがソロの演奏には都合が良いでしょう、その際は多少ゲージを太くしてテンションを上げたほうがメロディが良く響きます。
調弦例:1 e` e` h h g g d d` a a`
調弦例:2 e` e` h h g g d d` A a`
調弦例:3 e` e` h h g g d d` A A
調弦例:4 e` e` h h g g d d a a
調弦例:5 e` e` h h g g d d A a
調弦例:6 e` e` h h g g d d A A
■ 19. 楽譜と曲の演奏
今スグに、とにかく何か音を出して演奏したい〜〜〜っ! というのであればクラシックギターの教則本や市販の曲集のなかに5線譜で書かれているバロック時代の曲をそのまま弾いて楽しむことは可能です。多くの場合は6弦目を加筆されていることもあるのですが、可能な限りバロックギター用の楽譜は探して集めたほうが楽しいです。国内の出版社はもちろんですが、海外の出版社にもあれこれ問い合わせてみてはいかがでしょうか。曲集だけでなく歴史的なギターの解説書(書籍や辞典)にも楽曲が掲載されていたりします。
さて、1662年にフランシスコ・コルベッタはイギリスに赴き、ときのチャールズ国王に捧げる2つの曲集を出版しました。コルベッタは各方面にギターを教授しましたが、アン女王や特にこのチャールズ国王に曲を好まれたために国王みずからギターを国中に広めたといわれています。コルベッタが魅力的なサラバンドを作曲すると、それはすぐに宮廷で大人気となりやがて猫も杓子も大サラバンド大会になるぐらい皆が弾いたといいます....。次の写真は私がイタリアの出版社から取り寄せたF.コルベッタの曲集(タブラチュア)です。さまざまな作曲家による過去の曲集のうち、多くの名曲が5線譜にもトランスレートされているようですのであれこれ楽譜をお探しになったうえ、心ゆくまでお楽しみあれ............。
( 例によって私の下手の横好き演奏をこっそり置いておきました...はじかちいから今回はキモチ程度... ● 演奏A(デュオ) ● 演奏B )
演奏についてですが、バロック時代の独特の演奏技法というものもいくつかあります。ジャン・ヴォボアンと同時代の画家アントワーヌ・ワットーの絵画のなかには、かなり右手をネック寄りでラスゲアードしている例が見られます。とりわけ1600年代末期から1700年代初頭にかけてPortailやLanceret、Oudryの描いた絵画のなかにギターを演奏する人物の様子が描かれており、演奏のヒントになるかもしれません。しかし、コルベッタの曲集を見ていても「どうやって弾いてるんだろ??」なんていう楽譜の表記もあり、私にはちょっと理解困難な部分が多いです。モダンなギターが弾ければ接しやすいハズのこのバロックギターではありますが、まだまだ鶴田は未熟者.......このへんはあれこれ調べてみるとまた面白いかもしれません。プロの演奏を聴いていると(ちょうど今回の楽器を製作している時期に竹内太郎さんの演奏会に出かけました)、興味深い曲がこの時代には多く、技巧的にはもちろん、当時の曲のモチーフや構成、作曲家の個性など....じつに豊かで奥深い楽しみをしみじみと感じました。
調弦や楽譜や奏法についてはいくつかの文献や曲集がありますが、今回は製作記事に的を絞るため詳しく紹介しません。タブラチュアが苦手な方も、リュートでタブに慣れている方も、あるいは五線譜しか読めない方も、まずは身近な楽譜や曲集のなかに容易にバロック時代の曲を見つけることができるでしょう。とっかかりの敷居は低くあってほしいものです。また同時に国内外のショップや出版社を訪ねることでより深く広く多くの方がバロックギターの魅力を楽しめることを願っております。
■ 20. 最後に
今回はイタリアのバロックギターを製作したわけですが、フランスを中心に繁栄を誇ったバロックギターとしてヴォボアン一族を抜きにしては語れません。ヴォボアン一族のギター製作に関する記録が登場するのが1640年(ルネは1606年以前の生まれとされる)で、以後アレクサンドルやジャンを含めた一族の楽器(いわゆるヴォボアン風フランスギター)はヨーロッパ各地で長い間流行しました。ヴォボアンはギターだけでなくマンドリンやヴァイオリンやカスタネットまで完璧に製作し、王族御用達の注文製作家であったわけです。ヴォボアンのギターは当時競合した製作家をよそにカタログには30以上の楽器が掲載されておりイギリスやオランダにまで広く知られ、普及したといいます。ヴォボアン一族のギターは少なくともルネによって1630年頃から製作され、1600年代最末期にかけてアレクサンドルと共に名を高めていきました。ジャンの時代に移行してからも1730年頃までは楽器が現存しますが1700年代初期からギターブームは衰退の一途をたどり、いくつかのギター製作家は職業替えをしたりヴィオールのような別の楽器を作るようになったと記録にあります。ヴォボアン一族の血を継ぐジャンの息子ジャン=ジャックでさえ1741年頃にはギター製作から遠ざかり1749年には彫刻家になってしまいます。やがて時は流れ、その娘マリー=ジュリーが1797年独身で死去したことによりヴォボアン一族は完全に途絶えたとされています
。惜しくも18世紀末にギターブームは再び訪れたものの、5コース複弦のギターの世紀はやがて6コース、そして6単弦の時代を迎えるのでありました......(はい、ここでエンディングテーマ曲が壮大に流れる...........)。