皆さんもすでに御存知のように19世紀ギターやバロックギターといった古楽器、あるいは近代・現代のギターやマンドリンにおいても象牙部品や鼈甲(ベッコウ)の装飾を見かけることは珍しくありません。リコーダーやトラベルソのような管楽器、チェンバロやピアノフォルテのような鍵盤楽器においてもまたしかり。和楽器の琴や三味線も象牙や鼈甲を使いますね。19世紀終わり頃からセルロイドが発明されて楽器にも利用されるようになりましたが、ヒストリカルな楽器の修復や再現には製造当時のオリジナルの素材を用いたいものです。また、象牙や鼈甲には素材としての性質そのものが優れており、工作の魅力がゆえに創作のモチベーションが上がります。イミテーション素材でもいいじゃないか、という意見もあるでしょう。たしかにそれも一理あるのですが。
20世紀中後期頃から動植物の保護や種の保存・繁殖についての国際的とりくみが進みました。弦楽器系だけでもハカランダ(ブラジリアンローズウッド)、フェルナンブーコ、象牙、鼈甲、クジラ髭(ヴァイオリンの弓等)、さらにはマホガニーですら制限が波及しています。そのうちメイプルや松まで制限される時代が来るのでしょうか? 歴史的プログラムのコンサートと題しておきながら、ステージの背景には昔の楽器の写真だけで実際の楽器は全てカーボンファイバー製だったりして。演奏家の間でもこれは将来的な冗談ではなく現在進行中の深刻問題で、国境を越える演奏ツアーでは手元のどの楽器も持っていけないほどの制限強化が進みつつあるのです。没収または破壊ですからね ... 。
ウチの工房でもエンドピンやナット、サドルのほか、もちろんカポタストの一部のモデルにも象牙を使います。
楽器製作にかかわるこういった稀少材料は、ワシントン条約や種の保存法で制限されていますが、日本では環境省と産業経済省が管轄しています。
象牙の使用を禁止しているのではありません。経済産業省のサイトにも記述があるように野生生物を絶滅させることなく、持続可能なかたちで利用しながら、将来にわたって次世代に資源として引き継いでいこうというものです。
ちなみに私が調べたところ、日本国内の象牙加工品の半分以上が印材です。続いてネックレス等のアクセサリ製品。楽器はほとんどが和楽器で全体の5%程度でしょう。
また、1980年代当時と比べると現在の国内象牙消費量は 1/10 にまで減少しているとのこと。おそらく規制の効果もさることながらハンコ(印鑑)に象牙を使いたいという世代がシフトしているのであろうと私は推測します。
★ワシントン条約:絶滅のおそれのある野生動植物の種の[国際取引]に関する条約(輸出入の禁止など)
★種の保存法 :絶滅のおそれのある野生動植物の種の[保存]に関する法律(増殖や譲渡を含む)
・1973年 ワシントン条約制定。日本について効力発生は1980年11月4日から。
・1989年 象牙の国際取引が禁止となった。
・1992年 種の保存法制定。
・1999年と2009年に条約締約国間の合意で自然死個体等の象牙が限定的に日本へ輸入(象の保護と住民の開発費用に)。
・2017年6月 種の保存法の「改正法」決定。それまでの事業者は「届出」であったが「登録」義務化に。罰則も強化された。
・2017年7月6日 楽天では象牙や鼈甲等の製品を一切取り扱わないことにした。
・日本国内に昔からある象牙(全形)は近年は未登録のまま中国へ流れる(違法輸出)傾向が強くなっている。
2017年11月現在、環境省のホームページには以下のように掲載されています。ヤフオクやネットショップなどで象牙材料や象牙製品を販売する件です。
http://www.env.go.jp/nature/kisho/zougetorihiki.html
[1] 牙・磨牙・彫牙等(全形を保持した象牙)
全形を保持した象牙のうち、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)で規制される前に取得されたもの等は、登録を受けることが可能です。また、登録番号を示した上での広告(オークションサイト等への出品を含む)と、登録票を伴う譲渡し等が可能です。
ただし、登録票は輸出の際に規制前取得を証明する目的では使用できません。
[2] 象牙のカットピース、端材、印材、製品等
個人の財産処分などに伴い、象牙のカットピース、端材、印材、製品を出品することは、特に手続き無く可能であり、個人的な利用を目的としたこれらの購入も可能です。
ただし、業として、象牙のカットピース、端材、印材、製品及びタイマイの端材、背甲を取り扱う(有償、無償を問わない)事業者(法人及び個人)は、あらかじめ経済産業省へ『特定国際種事業』の届出が必要です。
今まではこうだったのです。象牙についての法律を読む場合、上記のように「全形品」と「部品・製品」の2つに大別して考えるとわかりやすいでしょう。一目見て一本牙とわかるものは恐ろしく厳しい扱いです。国際間取引の形態のほとんどが一本牙であるためでしょうね。登録してない一本牙は目の敵にされます。日本国内で大正時代から我が家に飾ってあったものですと言ってもそれを証明することが困難なので登録は難しいです。その結果、おじいちゃんが亡くなったりして困った人達から象牙買い取り業者が買い取って ... そう、中国へ違法売却しているのですよ。中国では現在、象牙が大人気ですからね。
対して、一本牙でないものは国内同士であれば比較的安心して利用できます。一本牙を輪切りにしたカットピース、さらに切ったり削ったりした完成商品と発生した残骸(端材)については国内同士の売り買いや譲渡が認められています。上記のとおり生業(商売)として日常的に製造したり販売するには事業としての届出が必要です。
それが2017年6月の改正法により、今後は「届出」が「登録」の義務へと変わります。具体的には2018年6月から。
義務になるということは罰則が威力を増すということでもあります。
それで、実際に経済産業省へ電話してあれこれ訊いてみました。私が問い合わせたのは以下の2個所。
・製造や卸や事業登録にかかる:経済産業省 製造産業局 紙業服飾品課(紙業服飾品課は旧名称で正しくは生活製品課)のKさん。
・小売りにかかわる:関東経済産業局産業部国際課のMさん。
話を伺ったところ、改正法によって規制が強化されることによって、業(商売)と趣味の境界が低くなることに気づきました。
つまり個人の財産処理でヤフオク出品やフリマ出品していたものに対して、それが毎日とか毎週とかが出品されて毎年続いているのであれば事業者として登録しなければならなくなるようです。個人であれ法人であれ、[ 継続的に ] 象牙材料や象牙製品の [ 移動 ] が発生することがポイントです。
点数や価格の規模にかかわらず、売り買いや商売でなくとも、 [ 継続的 ] であるならば財産の処分とは判断され難いので事業者として登録すべきだというのです。厳密にいえばプレゼントや貸し借りですら [ 移動 ] ですから、しょっちゅう行えば(継続的であれば)事業登録が必要なのです。
しかしまぁ、経済産業省の皆さんもそこはオシゴトですから。問い合わせの電話がかかってきて「その規模と頻度でしたら趣味の範囲で個人の財産処分ですから、事業登録するまでも無いんじゃないですかぁ。」とは答えられませんよね。彼らも立場上 .... 問い合わせがあれば原則「登録してください」でしょうなぁ。
いずれにせよ透明性を高めて適正な象牙使用が推進されていくことは確かで、今後規制が厳しくなることはあってもゆるくなることはなさそうです。私自身の事業者登録も考えたのですが、去年も一昨年も楽器は1本も作っていないし、カポも思い出して3年ぶりに作ったぐらいですから、この先継続するのか? いっそ全てやめてしまおうか? 不透明なのでしばらく考えます。
現時点では環境省と経済産業省のホームページは従来のままで最新情報に更新されていませんが、来年2018年6月の種の保存法の改正法が実効される頃には正式な表記になるものと思われます。
以下、象牙のカットピースや端材の取扱いについての理解を私が調べた限りで簡易的にまとめておきます。
2017年11月現在の情報を私なりにざっくりまとめたものです。私なりということは、原則一本象牙を入手することはなく、象牙の端材等を国内のお店で購入し、楽器部品やカポタストを年に数個または不定期で数年おきに数個作り、良くできたと自己満足・公開して、注文は受けませんが欲しい人がいたら譲渡します。という立場から。
なお、鼈甲/タイマイの甲羅も全形であれば個別登録の必要がありますが、端材や製品は象牙のそれと近い扱いです(鼈甲製品の譲渡等は届出不要)。
・象牙は一本牙、端材、破損品、製品、いかなるものも国際間では移動できない(楽器やアクセサリ等すべて要注意)
・昔から日本国内にあった象牙の端材、製品などは国内同士であれば問題無く取引可能。但し、一本牙は登録(登録証)が必要。
・財産の処分(親が死去等)で 一回限り的にヤフオクに出したり販売したり譲渡することは可能(業や事業にはあたらない)。
・象牙の材料や製品等は、価格の大小や売主の事業規模や趣味生業如何にかかわらず、継続的に売り買いや移動する場合は事業者登録せねばならない。
・一本牙や端材や製品等はプレゼントや貸出しなどお金がからまない場合でも継続的であれば国内間であっても移動にあたるので事業者登録が必要。
・事業者登録すると事業者番号が付与される。但し、事業者番号は本物であるとか良品であるとか優良店であるという証ではない。
・登録された一本牙から加工された象牙製品であれば自然環境研究センターに申請して認定シールを得られ、製品に貼ることができる。
但し、このシールは違法な材料ではない証ではあるが、優良店とか優良製品という意味ではない。また、故意に別商品に貼られると判別困難。
もっとたくさん象牙を買って、たくさん製品を作って常時販売したいのであれば特定国際種事業として事業者登録することになります(私的にはあり得ないけど)。では、昔購入して手元にある象牙材料(鼈甲材料も同様)はどうなるのか? これも経済産業省にきいてみました。回答は「事業登録する時点で所有している象牙の重量(鼈甲であれば枚数/斤)を記入してもらいますが入手先は書く必要はありません。但し、実際に事業を開始したら購入するたびに入手先を明記してその管理簿を5年間は保管する義務があります。」とのことでした。なるほど。
【注意】改正法は今年の2017年6月に決まったばかりで、具体的な内容はまだ現在作成中です。今後変更されることも有り得ることを御承知おきください。専門家の方に御意見など頂けると幸いです。
事業の届け出について(特定国際種事業に関することについて)以下に問い合わせ先や手続きにかかわる関連省庁を記載しておきます。
■ 環境省
希少な野生動植物種の保全
http://www.env.go.jp/nature/kisho/zougetorihiki.html
■ 経済産業省
● 製造及び卸売事業者は本省まで
経済産業省 製造産業局 紙業服飾品課 ⇒ 現在のホームページの表記は古いままで新名称の生活製品課が正しい
〒100-8901 東京都千代田区霞が関1丁目3番1号
電話:03-3501-1089 FAX:03-3501-6793
※2017年6月に改正法ができて1年間の猶予期間をおいて施行される。
今、事業登録すると3年間のみなし登録事業者になる。3年後に更新すれば正規の事業者となり5年ごとの更新。
※登録された事業者は公開していないが照会は可能。
● 小売事業者は各地域の経済局まで
例えば東京都では 関東経済産業局 産業部 国際課
〒330-9715 さいたま市中央区新都心1-1
(電話:048-600-0261)
茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県、静岡県
●現物の登録(1本牙や完成した製品やシール発行など)
象牙や鼈甲の現物に関して個体登録、器官登録、製品認定といった具体的な手続きを行っている(登録関係事務及び認定関係事務)
環境大臣及び経済産業大臣の認定機関である。
登録・認定機関 (一財)自然環境研究センター
電話:03-6659-6018電話:03-6659-6018
http://www.jwrc.or.jp/cites/overview.htm
■ ワシントン条約に関するNGO「TRAFFIC / トラフィック」
WWFジャパンの野生生物取引監視部門
WWF(世界自然保護基金)とIUCN(国際自然保護連合)の自然保護事業として、世界およそ30ヵ国のネットワークで活動。ネット上の象牙の売り買いなどについて非常に詳しい。
記事:2017年11月19日
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