一般的な19世紀ギターの構造

 

ヘッド・糸巻き
19世紀ギターのヘッドの形状は現在とほとんど変わらないものもありますが、次の写真のように8の字(ヒョウタン型)のヘッドも広く製作されました。フランスを中心によく見られた形状で、じつにかわいらしいものです。それにあわせてヴァイオリンやリュートのような木ペグも特徴のひとつといえるでしょう。木ペグは現代の製作家もフラメンコギターなどに用いていますね。

当時の機械式ペグではパノルモで標準的に装備されていた同イギリスのBAKER社のものがじつに優れています、フランスでは La Leona 社が機械式糸巻きを製造していたようで、のちにトーレスなどが用いました。ほかに同時代の代表的なメーカーとしてジェローム、VRなどが挙げられます。

多くはこの写真のように豪華な模様が施されています。

 

機械式の6連(インライン)ペグはおそらくウィーンあたりが発祥ではないかと私は考えていますが、おもに1840年頃を中心にウィーンやイタリアの楽器で見ることができます。のちの19世紀後期〜末期にかけては作りがやや簡素になる傾向があるようですがロシアンギターでは7連のインラインペグを確認していますし、かのマーチンやそのコピーモデルなどでもインラインペグを見かけることがありますね。これが最期にはFender のストラトキャスターのヘッドへと受け継がれていったようです......。

以下の6連インラインペグは1800年代中期頃のウィーンのギターのヘッドストックです。シンプルなもの有り、凝ったもの有り.....じつに面白いじゃありませんか。

 

 

指板
かつてのバロックギターはたいていの場合、表面板が指板へせり出し、リュートのごとく同一面にフレットがありました(フラッシュボード・タイプ)。19世紀にはこれに対して別のパーツとしての「指板」を張り、そこへフレットを打ち込むという構造が普及していきます。パノルモは一環してこの指板を重ねた構造(おもにスペイン式といわれる)の楽器を製作しました。ラコートは当初はリュートのようなフラッシュボード・タイプの指板を多く製作し、のちにスペイン式指板のギターを多く製作したようです。

フラッシュボードとスペイン式の中間の構造を持つのがナポリタン(イタリア)のギターであり、代表的なものが、かのファブリカトーレです。1mm程度の薄い指板(黒檀やペアウッド)で10または12フレット以上は表面板と同じ面に配されています。

 

 

フレット
それ以前の楽器でリュートやバロックギターのほとんどはガット(羊の腸)を巻いたフレットでしたが、交換が面倒なことと演奏中に位置がずれるといったような理由から、やがて I 型断面をもつ象牙・金属(真鍮/ブラス)の板フレットが使われました、いわゆるバーフレットです。他にも洋銀(nickel silver)などを使ったギターもありました。まあ、すべてがバーフレットというわけでもなく19世紀全般にわたって早期から末期までT型断面のフレットも使われていましたが、現在のものとは材質や断面形状が異なります。現在のギターではT型(あるいはキノコ型)断面でニッケルなどの合金製が使われています。参考までに、マーチンも当初はバーフレットのギターを作っていましたがT型フレットに変更したのは1934年のことです。イタリアのギターのうちヴィナーチャ、カラーチェなどのギターはマンドリンからパーツを流用したものが多かったためにバーフレットの楽器も多く残っています。フランス初期の楽器やイタリアの楽器で象牙のフレットはよく見かけますが、そういった楽器では摩耗の度合いを考えるとテンションの低い仕様であったと考えられます。

(備考:ガットフレットの利点としては12平均律以外の楽曲などに対応できるという利点が挙げられます。)

 

 

ブリッジ(駒、サドル)
ブリッジにも大きな特徴があります、かつてのバロックギターの場合はリュートと類似(あるいは下駄のような形状)の構造であったのに対して19世紀のギターは表面板に穴を空けピンで止める方法が一般化しました(このようなブリッジ・ピンによる固定方法は他の楽器ではリラギターやリュートギターにも見られます)。つまり現在のフォークギターのような固定方法はすでにこの頃以来のものなのです(そっかぁ〜、モーリスが最初ぢゃなかったワケね、はははは......)。なお、18世紀末のギターやその影響を残す楽器ではブリッジの構造もバロックギターやリュート風の場合があります。

ピンで弦を止める構造もやがていくつかのタイプが生まれていきます。つまり、上記の構造ではブリッジの「へり」が骨棒の役目をするので磨耗してしまいます、そこでブリッジに独立した骨棒が設置されます(フレットと同じパーツを流用した金属製骨棒もありました)。1800年代前後のフレンチギターの一部やパノルモなどはブリッジの「へり」の部分をサドル(今でいう骨棒)として兼ねていました。

そういった様々なスタイルを生み出した19世紀のブリッジも後期ごろから20世紀初頭にかけて現代のブリッジ構造が世界的に広まっていきます(音楽的にみた典型的な19世紀ギターの歴史は1850年頃までとされるのが一般的)。スペイン(及びイタリアの一部)のギターは19世紀の早い時期から駒に結び付ける(表面板に穴を開けない)スタイル、つまり現代のギターのようなブリッジも使われていました。

 

 

 

力木(ちからぎ)
バロックギターもリュートのように表面板の木目に垂直な棒(バー)を基本構造としていました。つまり、 リュートウクレレのように横方向(2本、3本...で構成される)の力木です。多くの19世紀ギターはこのような構造かもしくは似通った構造ですが、一方ではパノルモのように扇型の力木構造がこの時代に出現し普及していきます。ちなみにマーチンはシュタウファーモデルのような比較的初期の時代からXブライシングをはじめとするいくつかのブレイシングパターンを採用していましたが、それも源は19世紀初期の他の製作家のスタイル(つまり19世紀以前からXブレイシングなどは存在した)を模したものであったのです。

ちょっと(かなり)変わったところではパリのラプレヴォットのギター(アグアドが使ったギター)が挙げられます。御覧のとおり縦に2本という、じつにユニークな配置で、いわゆるギブソンのアーチトップギターのそれと同じです(ちなみに表面板も厚い)。

 

 

弦長・ネック・指板
19世紀のギターにおいて弦長は610mm〜640mmのものがよく見られます。なかには650mmや665mm程度のものもあります、そのかわり弦長の長いギターのなかにはネック自体をボディ側にオフセットしてあるタイプも見られ、弦長が650mmであっても640mm程度に感じるものもあります。12フレット位置がボディ側にだいぶ入り込んだ構造はナポリに多く見られ、一部のフランス、ウイーンにも存在したようです。シュタウファーやシュタウファースクールなどは590mmや560mmという弦長のギターが多いようですが、ほかに610mm、630mmなども一般的でした。当時普及したテルツギター(当時ニューギターと呼んだらしい)という極端に弦長の短いものもあり、540mmを基本とする弦長でした。

また、19世紀ギターの多くは現代のギターと比較してネックの幅が狭いのが普通でモダンギターより 約1cm 程度細いと思えば良いでしょう。当時のM.ジュリアーニや多くのギター演奏家(作曲家)は左手親指でコードを押さえる曲も書いています、まるで現代のE.クラプトンの弾くブラッキー(ストラトキャスター)みたいです。ちなみにフェンダー(Fender)社のストラトキャスターやそれ以前のブロードキャスター、テレキャスターのヘッド形状は19世紀のシュタウファー・スクロールヘッドに由縁すると言われています。

バロック期までのリュートやギターのほとんどは指板を持たず(というよりネックに一体)、ネックに直接ガットを巻いてフレットとしていたのですが、18世紀に上記のような「フレット」を打ち込み、音の明確な発音を実現すると同時に磨耗に対して長期に耐えられるように指板という部品をネックに貼り付ける構造が生まれます(おそらく修理も意識したのでしょう)。指板はその断面がフラットなものとラウンドさせたものがあります。ガットと比べて磨耗しにくく演奏中もずれることがないためその後はギターといえばフレットを打たれているのがあたりまえのように広まっていきます(マンドリンなども同様ですね)。

なお、この当時(1800年代後期まで)はナイロンはまだ存在せず、ガット(羊の腸をより合わせたもの)が弦として使われていました。弦については「弦のコーナー」も御覧ください、とにかく弦楽器は弦を変えるだけでゼンゼン音も弾き易さも変わります(当然といえば当然ですが世間では市販弦のみで試している方は多い)。

 

調弦キー
19世紀には調律も A=430Hz(または435Hz) が使われることも多かったようでして、弦を張る場合はあれこれ試してみるといいでしょう(キーを下げたほうがよく鳴るということは現代のギターにも時折見られる現象です)。比較的テンションの低いゲージを用いればいいと思います(ハナバッハのスーパーローテンションとかプロアルテライトテンション、またはリュートなどの古楽器系の弦)。私は19世紀ギターの場合は A=415Hz で調弦することもあります。 楽器のタイプにもよりますが、力木(楽器内部のバー)が傾向としては扇状の楽器やや強く張ったほうが鳴るようです。なお、ブリッジのサドルの構造(ブレイクアングル:仰角)によってテンションは大きく変化するため、具体的な弦の選択方法や特性については後記します。また、「弦のコーナー」も御覧いただくことをお薦めします。

 

備考

現代でこそ A=440Hz がアタリマエとなっていますが、時代や地域によって基準音は意外なほどめまぐるしく変わっていったのです。

・A=430Hzは19世紀の後半まで一般的だった。
・1813年にイギリスでは管弦楽においてA=412Hzが利用された(1859年にはA=452Hzに引き上げられている)。
・1839年にドイツのシュツットガルトではA=440Hzを承認。
・1858年にはフランス政府がオペラにおいてA=448Hzとした(だが1859年に著名な作曲家たちによってA=435Hzが使われるようになった)。
・1887年にイタリア政府がA=435Hzを定める。

 

 

装飾
現代のクラシックギターと比較してボデイサイズが小さいわりには周囲のパーフリングやロゼッタ、ヘッド、ブリッジ各部の装飾に凝ったものも多く見られます。多くは象牙や貝を使って彫刻を施したものです、寄せ木によるものは比較的後期(ドイツなどはとくに)に多いようです。ラコートの精巧なパフリングは鯨のヒゲであったようです。ちなみにセルロイドが地球上に登場したのは19世紀後半のことで、一般に製品として加工・利用されたのはJ.W. Hyatt(米)によってセルロイドが発明された1869年以降でしょう。ちなみにマーチンがスチール弦ギターのピックガードにプラスチックを使いはじめたのは1930年頃からです。

当時は象牙・ベッコウ・ハカランダといった材料をふんだんに(というよりごく当然のごとく)使用している楽器を見かけますが、近年(1975年頃以降)はワシントン条約によって原料や製品の輸出入が規制されてきました。ヴァイオリンの弓材料のフェルナンブーコや近年では一部のマホガニーなど。三味線のバチやベッコウ細工などもそうですが伝統的天然素材が使えないというのも少し寂しい気もします。もっともたんに装飾のためなら人口象牙のようなものでもかまわないとは思うのですが.....。しかしサドル(骨棒)やナットなど音のキャラクターを左右する部位によっては素材として象牙も注目していいかもしれません、骨は曲げられませんが象牙は曲げることが可能です。ハカランダもプロの演奏家からはその素材ならではという意見も依然としてありますし....。

象牙については1998年あたりから規制が一部緩和されたり、ベッコウやアルマジロについても部分的に規制がゆるむ傾向にあるようです。どうやらこれも規制緩和?でしょうか?.....装飾の詳細については掲載してある現物の写真を御覧いただきましょう。

 


 繰り返し述べますが、ひとことに19世紀ギターといっても地域や個人のアイディアが様々な時代でもあったわけで、この時期はじつに個性的な楽器が多く存在したのです。外観だけでなく内部構造やコンセプトの根元からまったくユニークなものもありました。特定の地域、局所的な試み、その波及とアレンジも.....現代のギターのスタイルとは異なり想像をはるかに超えるといっても過言ではないほどバラエティに富んだ時代でした。

 

● 備考1:現在、博物館などに展示されている楽器は当時の代表的な楽器よりむしろ特別な装飾や例外的構造・仕様のものが少なくないのです。いつの時代も実用楽器よりは装飾工芸品の類が大切に後世に残されるといった傾向はありますから.......。演奏家によってよく弾きこまれた楽器は当然傷みやすく保存されて現在まで残されることは希なわけです。それから、たまに見られるのですが20世紀に入ってから18〜19世紀の楽器をオールドタイマー的に製作したりといったことも行われていました。「コピーモデル」は昔から同時進行で作られたと考えても良いのです。また一方では、ロシアンギターのようなスタイルの変化球ともいうべき独自の変化を遂げた楽器が生まれ、ドイツやウイーンの楽器と混同されることもよくあるわけです(カテゴリ的には別物です)。そういう楽器は楽器研究家の間では話をややこしくします。製作者名と製作年を記したラベルを参考にしますが傷み具合や改造痕跡、構造、材料、装飾デザインなどによってその楽器の製作された時代や地域を推定することも可能です。

● 備考2:1800年代後期〜末期にはギターの一時的な衰退期という一面もあり、ギター工房がかなり閉鎖されたり、地域によっては装飾を簡素化したりラフな作りの楽器も見られるようになりました。こういった時代のギターのなかにはラコートのような緻密な作りのフレンチギターと比較するとどうしても見劣りしてしまうこともあります。それをクズと呼ぶフトドキ者も見受けますが、いつの時代でもコストを下げたり、普及モデルといったものはそれなりの役割を果たす立派な楽器であるわけです。リュートギターのようなコンセプトのギターもそうです。私はたとえ作りの粗雑なギターやいびつな構造の楽器であってもその時代の役割に敬意をもって接しています。たとえボロボロの安物ギターであっても、その楽器をこよなく愛するオーナー(奏者)には大事なパートナーであったはずであると私は考えているのです。

 


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