日記エッセイ風日記です。 ポーランド日記
2012年1月30日 九州ツアーを終える。 福岡と宗像でコンサートを行った。 共演者は吉住さと子さん(声楽とテオルボ)と松崎佐奈恵さん(語り) いつもの様に?リハーサルはなるべくせずに、即興的なアプローチを試みた。 ![]() ![]() プログラムなど詳細は次の通り。 イギリスの古い音楽 第1部:18世紀 市民のための音楽 不詳:スコットランドのリール ヘンデル:水上の音楽よりメヌエット シュトラウベ:ラルゴ バイロン:アルマンド ジェミニアーニ:感傷的なメヌエット モーツァルト:すみれ (第1部のアンコール:ダウランドの「ご婦人向けの素敵な小物」 第2部:イギリスのオルフェウス ダウランドとパーセルの時代 パーセル:つかの間の音楽 パーセル:シャコンヌ パーセル:薔薇よりも甘く ダウランド:プレリュード、パヴァーヌとガリアルド「エセックス伯のガリアルド」 ダウランド:リュートソング「彼女は許してくれようか」 (アンコール:ダウランドの「今こそ別れ) (アンコール:パーセルの「美しい島」) 使用楽器 バロックギター:マーシャル作、パリ 1760年頃 イングリッシュギター:プレストン作、ロンドン、1770年頃 ルネサンスリュート:スプレーク作、ロンドン、1977年(ヒーバー、1580年頃) テオルボ:ガスター作、オーストラリア、2004年(ヴェネーレ、1610年頃) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ![]() 今回は(いつもとは逆に)時代を遡っていくプログラム構成を試みたが、 より古い時代がより古く、しかもリアリティを伴って感じられた。 このアイデアはまた使ってみたいと思う。 宗像では講習会も行う。 リュート愛好家などの個人レッスンの後、小学生たちを交えてのワークショップを行ったが、 なかなか楽しい会になったと思う。 ![]() この先もコンサートと講習会の旅は、横浜、静岡、広島、名古屋、東京と続く・・・ 2012年1月22日 ソロCD「アフェットーソ」がリリースされる。 ![]() 2010年の夏にレコーディングしたディスクでだいぶ長い時間をかけて準備し、 またジャケットのデザインなどにも心を砕いた。解説はピーター・ホールマンと僕。 自分としてはそれなりに満足のいくものに仕上がったと思う。 18世紀のギター音楽に正面から向かい合った録音はこれが世界最初のものだろうし、 実際ほとんどの曲は世界初録音だ。 これからリリース記念ツアーを日本で行う。みんな来てね! ![]() 2012年1月21日 レコーディングセッションを終える。 ![]() 3日間で18世紀ポルトガルの作品、声楽曲14曲、器楽曲7曲を録音した。 レイテのイングリッシュギターの小品も3曲弾いた。 今回は事前の打ち合わせもほとんど無く、また即興的なアプローチが多かったので、 気楽と言えば気楽だったが、Stuckして精神的に少し消耗する場面もあった。 ・・・まあ世間では? CDレコーディングというと丹念に準備して、体調も整え、 現場ではプランに沿って思う存分に燃焼して作り上げる・・・みたいなイメージがあったりするみたいだが、 実際はちょっと違う。 例えばCD一枚録音するには、2日から3日は缶詰状態となって、 一日6時間程度、楽器を弾き続けになる。 単に弾いているだけではなくて、(イギリスの場合)録音会場の教会は夏でも寒く、 調弦には非常な正確さが要求されるし、弾いている際の雑音や椅子のきしみにも気を使う。 そして、一くさり弾くたびに、調整室のプロデューサーから、テンポが少し速くなっただの、 ドミナントの和音が少し曇っていただの、三連符が不正確だったのといったコメントが入る。 つまりは一種の極限状況なわけで、通常のライブとはまったく違った環境、精神状態のもとでの演奏だ。 意識はしないが、頭も身体も疲れているはずだ。 で、結局こういう際に頼りになるのは・・・自身の持っているタフな音楽性と、良い耳をもったプロデューサーだ。 タフな音楽性というのは、疲労で集中力を欠いたり指の動きが悪かったとしても発揮できる音楽性のことで、 ある意味では調子の悪いとき、疲労が溜まっているときこそ、音楽家の実力が表れると言って良いのだろう。 (もう一つ言えるのは、優れた音楽家はあまり疲労しないものだ。音楽することに無理がないからだろう) 「火事場の馬鹿力」という言葉があるが、これはいかなる意味においても音楽には当てはまらないように思う。 優れたプロデューサーと一緒のレコーディングは非常に楽になる。 ことにイギリスには良いプロデューサーが多く、助かっている。 彼らは即座に作品の内容と演奏者の意図を読み取り、短時間で必要なテイクを録る。 演奏者に気持ち良く仕事をさせることも彼らの職域で、演奏者を鼓舞したり、稀にはたしなめることも行う。 裏方だが、実際は現代の音楽業界において最も影響力のある職業かもしれない。 今回もプロデューサーは素晴らしく、気持ちの良い仕事ぶりだった。 2012年1月19日 レコーディングセッション初日。 ![]() まだ時差ぼけ気味だが、何とか集中して取り組む・・・ というか、その場になると人間はイヤでも集中するものみたいで、 伴奏のコードなど当たらず触らずの穏当なもので済ませようと思っていても、 いざセッションが始まるとディミニッシュにしようとか、9度の和音にしようとか、凝ってしまう。 ・・・音楽家の性であろうか。 で、気持ち良く6コースギターを弾いていると、突然スルスルと1弦の音程が下がったかと思うと パチンと切れてしまった。0.48のハイツイストのガットだ。 セッションは小休止、弦を替えている間、他のメンバーはティータイムだ。 ガットは短時間で安定する。 ナイロンだったら一日中下がり続けてレコーディングでは使い物にならなくなるところだ。 ガットに関してはこちらに帰国早々、ある話を聞いた。 それはしばらく前に「ガット弦製造禁止」を騒ぎ立てたイタリアのメーカーに関することなのだが・・・ そのメーカーは、(本来の)羊腸ではなく牛のガットを使っており、 なにかと問題の多いガット弦の製造よりも合成樹脂による人工ガットをより推進、広める意図をもって、 あのような一種の扇動とも見える運動を展開した・・・ということらしい。 NRIやバルドックなど他のガット弦メーカーが驚くほど冷静な態度で静観していたのは、 どうやらそういうことらしい。 真相はわからないがありそうなことにも思える・・・ 2012年1月14日 昨夜、ロンドンに戻る。 案外寒くなく、天候も良く気持ちの良い週末だ。 日本ではなかなか多忙な日々を過ごした。 クリスマス前に帰国してすぐにライブがあり、講習会で弾き、 年が明けてからも、古いギター愛好家の集まりに出席したり、またレッスンも続き、 広島では2月のコンサートの打ち合わせとメディアの取材、 九州ではレクチャーとリハーサル、京都ではレクチャーコンサートを行い、 その翌々日にはロンドンだ。 ![]() 楽しかったが、こうやってロンドンの自宅にもどるとなんだかエンジンがかからない。 勿論時差ぼけだし、疲労もそれなりに溜まっているだろう。 明日からはCDレコーディングの打ち合わせが始まる。 レコーディングセッションは来週、Hyperionでのポルトガル18世紀音楽だ。 今日は時差ぼけ頭での譜読みと楽器の整備だ・・・ ![]() 2011年12月31日 3月のリサイタルのチラシが出来あがる。 ソロCDの発売記念コンサート。3月1日、東京の近江楽堂だ。 ![]() チラシの絵柄にはゲインズバラのLinley Sistersを使った。 オリジナルはロンドンの自宅近くのダリッジ・ギャラリーにあり、しばしば見に行く。 1772年に描かれており、モデルはバースの音楽一家リンリー家の姉妹。 ![]() 左のエリザベス・リンリーはギターを手にしている。 この時代のイギリスには珍しく、ガット弦の5コース・ギターだ。 この楽器にはダブル・フレットが巻かれている。 ![]() ギターには1730年頃にはすでにシングル・フレットの使用が言及されているが、 ダブル・フレットはその後も広く使われていたらしい。 シングルフレットの長所としては音がクリヤーに鳴ることが挙げられる。 ダブルの利点は演奏の容易さと修辞的な音色が挙げられるだろう。 よく聞かれるのはシングルフレットとダブルフレットとの音量の差だが、 これは正直言ってまだよくわからない。 おそらくは明らかな音量の差があるというより、楽器の鳴り方、その響きが異なるということだろうと思う。 ダブルフレットの楽器はシングルの楽器よりも遙かにニュアンスに富む鳴り方をするので、 音楽は陰影に富み、表現の域は飛躍的に大きくなる。 従って奏者の関心は表現それ自体に向けられ、 (やみくもに)音量を出すことに興味があまりなくなる・・・ということはあるように思われる。 というわけで・・・皆さん、来年もどうぞよろしく! 2011年12月30日 先日コンサートを行ったベアータ・オルガン・スタジオのオーナーからメイル。 コンサートのお礼状のようなもので、感想などが書かれている。 オーナーは古くからの友人で気の置けない仲なので、正直な感想を貰っていると思う。 内容は褒められていて面はゆいのだが、これは僕自身の研鑽?というよりも ダブルフレットを張った楽器のおかげだと思うので、あえて引用してみる。 今回は本当に竹内さんの進化にびっくり! 両手の動きが以前よりずっとずっと 軽やかに美しくなり、 そしてそのぶん音楽は繊細になり、ニュアンスに富み、 一瞬一瞬ちがう光が見える感じ。 この「進化」はダブルフレットを張った楽器が、 これまでよりも飛躍的に演奏が容易になったことによると思う。 このように聴衆からのフィードバックが貰えるのは有り難い。大いに勇気づけられる。 2011年12月28日 声楽の講習会にゲスト出演。今年の仕事納めだ。 いくつかのリュートソングなどを伴奏、講師演奏ではソロも弾く。 楽器はベアータのライブ(↓参照)でも使った7コースリュート。 今回は歌の伴奏が主で、数人以上の合唱も伴奏することになっていたので、 総ガット、ダブルフレットのビリつきリュートがどのように響いてくれるか興味があった。 結果はやはり満足すべきものだった。 合唱の中にあっても、Buzzを伴うリュートの音色ははっきりと聞こえる。 よく他人のリュート伴奏を聞いて(見て)いて気づくのは、 アンサンブルの中ではリュートの音が奏者に聞こえないために、奏者が力んでしまい、 かえって音がつぶれて、結果、奏者にも共演者にも聴衆にも何も聞こえない・・・みたいな事だ。 しかし、ダブルフレットのリュートは良く響くし、音は良く通る。 力む必要を感じないし、ある程度強く弾いても音はつぶれない。 奏者が限度を超えて力んでしまうと途端に音が出なくなるので、奏者にも自分のコンデションが把握しやすい。 大いに参考になった一日だった。 ![]() ![]() 2011年12月25日 東京のベアータ・オルガンスタジオでコンサート。 今回のプログラムは大体こんな感じ。↓ ![]() これ以外のエクストラの曲も多く弾いた。声楽家の飛び入りゲストとリュートソングも数曲。 使用楽器はバロックギターとリュートで、どちらも総ガット。 リュートはダブルフレットだ。 ダブルフレットのリュートをコンサートで使うのは、日本では今回がほぼ初めて。 コンサートの前日まで、楽器のコンデションには心を砕いた。 強めに弾くと弦がフレットに触れてビリつく(Buzzing)セッティングにしてあったのだが、 改めて参考資料の16世紀初頭の「カピローラ・リュートブック」を読み返してみる。 「・・・(第一)フレットは弦に近くする。そうするとリュートはハープの様に響き、より良くなる。 また指板の上までそのようにする・・・」 なので、ちょっと思い切って、開放弦を弱く弾いた際でもビリつくくらいにナットを下げ、 また、開放弦のみならず全てのポジションでビリつくくくらいにフレット径を工夫してみた。 ![]() そうすると、響きはまさにブレイピンを使ったゴシックハープのそれだ! どうせビリつかせるのだったら、思い切ってビリつかせる方が結果は良いようだ。 ただ、あまりにも弦高を低くしすぎるとリュートはミュートされ、響きがなくなってしまう。 目安としてはそれぞれの弦を軽く弾いた際に、はっきりとビリつくくらいがちょうど良いようだ。 またカピローラは、第1コースを低くしすぎることを戒めているので、 ビリつきは低音コースにより多く発生するように調整し、この状態で本番に臨んだ。 ベアータ・オルガン・スタジオはいわばマンションの一室で特に長い残響などがあるわけではない。 この超低弦高、ビリつき大のリュートはこの空間ではびりびりと自分の耳には聞こえた。 ちょっとマズイかな・・・と思ったほど。 しかし、聴衆には大変好評で「とても綺麗に柔らかく響いていた」との声も多く聞かれた。 特筆すべきだったのは、右手の軽いタッチにも楽器は敏感に反応してくれ、 左手の押弦も非常に楽だったことだ。 こんなにストレスなくルネサンスリュートを演奏したことは、かつてなかったかもしれない・・・ また、右手の弾弦位置をブリッジよりに近づけることで、音量やニュアンスのコントロールができることも 今更ながら知った。 これからも実験は続けていきたいが、ずっと追求してきたダブルフレットと低い弦高のコンセプトの 一応の結果が出せたように思う。 いずれにしても楽しい演奏会だった。また次回が楽しみだ。 ![]() 2011年12月22日 日本に来ている! 1月の中旬までの滞在だ。 一応休暇のつもりだが、いくつかコンサートも行う。 12月25日は東京のベアータ・オルガンスタジオでのサロンコンサート。 まだ何を弾くかは詳細には決めていないが、 前半はバロックギターでラモー、バッハなどのアレンジものを中心に、 後半はルネサンスリュートでイギリスルネサンスを弾く予定だ。 声楽家のゲストも出演予定。 どちらの楽器も総ガット、ルネサンスリュートはダブルフレットを巻いてある。 こういった楽器がこの季節の日本の都会の部屋でどのように響くか、 自分的にも興味深い実験でもある。楽しみだ。 ![]() コンサートの詳細はここをクリック! 2011年12月21日 ↓のyoutubeヴィデオは多少の変更を加えて再アップしてもらう。 前半だけだったシャコンヌの即興を全曲アップし、いくつかキャプションを校正した。 これでとりあえず完成としておく。(リンクは http://www.youtube.com/user/TakeuchiTaro) ・・・で、youtubeの威力?はやはり大きく、feedbackが世界各地から寄せられたりして面白い。 中には「こんなヴィデオに君が出てたよ!」とのお知らせもある。 それらのうちにこんなのもあった。 http://www.youtube.com/watch?v=iifeR4DvHQM&feature=related イギリスのバロックオーケストラ OAEとドイツのフライブルグ・バロック・オーケストラの 合同公演のメイキングヴィデオ。フランスのArteで放映されたものらしい。 これは僕もテオルボとギターで参加、イギリスとドイツ各地、プロムスなんかでも演奏した公演だ。 リハの段階から取材が入っていることは知っていたが、このプログラムを見るのは初めて。 なかなか面白く見た。 2011年12月19日 エンジニアから連絡あり、先日撮ったヴィデオを編集してYoutubeにアップしたとのこと。 数分のヴィデオが2本で、Part1ではバロックギターと6コースギター、 Part2ではイングリッシュギターを3本(うち一本は鍵盤付きピアノフォルテ・ギター)弾いている。 プロモーション用なので全ての曲がまるごと入っているわけではないのだが、皆さん、どうぞご覧下さい。 まだ暫定版なので、視聴者の感想なども参考にして変更も加えていくつもりだ。 ![]() ヴィデオは↓をクリック! http://www.youtube.com/user/TakeuchiTaro 2011年12月15日 撥弦楽器の音律に関して質問が寄せられた。 「チェンバロの人たちは、自分でミーントーンとかに調律するわけですよね。 平均律の撥弦楽器とアンサンブルすると、気持ち悪く感じるのでしょうか?」 もっともな疑問だ。平均律とミーントーン(特に1/4)ではかなり音高に差がある。 リュートやテオルボ、ギターにミーントーンのフレッティングを施すのは、不可能ではないが非現実的だ。 フレットの位置が変わりすぎるし、何カ所かに貼り付けフレットが必要になる。 結果、大変弾きにくい楽器が出来上がってしまう。メリットとデメリットを比べれば、デメリットの方が大きい。 なので、ルネサンス、バロック時代にはそのようなフレッティングは使用されていない。 僕自身はミーントーンで使う機会の多いテオルボは、ややきついTemperedされたフレット位置にして、 G♯に貼り付けフレットを用いることが多い。 ![]() しかし、これは以前にも書いたように現代のCDレコーディングなどの際、厳密なピッチ調整が要求されるからであって、 通常のコンサートの場合は平均律に近い「ややTemperedフレッティング」の楽器でチェンバロと共演しても、 まあまず問題がない。 厳密な意味では鍵盤楽器とリュートの音高は異なるが、楽器自体の持っている音程の幅や、 会場の響きに紛れて、微細な音高の差は特には目立たないし、ピッチの差が大きなポジションはなるべく使わない。 ルネサンス、バロック時代でもおそらく同様であったろうと考える。 彼らは理論にも優れていたが、同時に偉大な現実主義者でもあったのだ。 興味深いのは、何人かの理論家たちは鍵盤楽器と撥弦/擦弦楽器の音律の差を指摘していることで、 たとえばバンキエリなどは「オルガンとキタローネを一緒に弾くのは好ましくない」旨を表明している。 なおも興味深いのは、(平均律の)リュートに鍵盤楽器を合わせてしまうアイデアで、メルセンヌは 「オルガンとチェンバロを、リュートやガンバのフレッティングに合わせて調律すると、 調弦がよりよく合ったアンサンブルとなる・・・」と書いている。 実際に最も楽器的/音楽的にストレスがないのは この弦楽器のフレッティングに鍵盤楽器が合わせる方法だろう。 貼り付けフレットのない平均律に近いフレッティングを基にしてだ。 結果的には平均律、あるいは1/6ミーントーンかヴァロッティに近い音律になるだろうと思う。 2011年12月14日 (昨日の続き) 前回見たように、撥弦楽器の歴史において古典調律が積極的に使用された例はほとんどない。 古典調律フレッティングや貼り付けフレットも、言及はされているものの、 使用を裏付ける文献や図像は見られない。 何故使われなかったのか。 答えは簡単だ。あまり意味がなかったのだ。 リュートやギターに古典調律フレッティングを施すことは理論上可能だが、 結果、演奏不能な楽器が出来上がってしまう。 たとえ音程が良くとも、肝心の演奏が出来ないのでは話にならない。 リュートやギターは弾弦の瞬間と余韻ではピッチに差がある。 ガット弦を張った楽器は演奏中のピッチの上下もそれなりにある。 チェンバロやオルガンなど鍵盤楽器にしても調律後20分もしたら、 どの調律なのか分からないほどピッチは上下してしまうものだ。 フレッティングの微細な差よりももっと大きな要素が幾つもあったわけだ。 また微細なピッチの差など、良く響く教会などでは会場の響きに吸収されてしまう、ということもある。 ある特定の音律に各楽器が調律したら齟齬なく演奏が上手くいくと思い込んでしまうのは、 素人の考えというか、ナイーブすぎるだろう。 もちろん、古の音楽家たちがOut of tuneだったのではない。 事実はむしろ逆で、彼らは耳を存分に使い、ケースバイケースで良い音程を実現していたのだ。 彼らにとっては理論上の調律法よりも、実際に響きを美しく響かせることが何倍も重要だったのだ。 音律に拘りすぎると、例えばミーントーンで声楽や楽器の音階練習をしたり、 本来は平均律である楽器を古典調律にしたり・・・ということが起こる。 音律とは、1オクターブに(通常は)12の音しか持たない鍵盤楽器の調弦のために便宜的に考案されたもので、 自由に音程を作ることのできる管弦楽器や声楽からは純正の響きが得られる筈だ。 もともと平均律のオリジナル19世紀ギターにジャスト・イントネーションの再フレッティングを施した例を見たことがあるが、 これはある意味では歴史的遺産の破壊、改竄だと言える。 音律は作曲家の理念や哲学を表出しているわけではない。まず第1に切実なほど便宜的なものだ。 音律を理解し実践するのは大切だが、それ以上に必要なのは自分の耳をよく使い、良い音程を実現することだ。 古の音楽家たちは電子チューナーも持たず、周囲の楽器は必ずしもいつも同じピッチでは鳴っていなかった。 演奏中に楽器の調弦がずれたり、共演歌手の音程が下がったりすることもあっただろう。 彼らはそういった際でも自分たちの耳だけを頼りに、お互いの音を良く聞き、 その場その場で適切な響きを生み出し、表現したのだ。 現代においてしばしば欠けているのはこの「耳を使うこと。お互いの音を良く聞くこと」だと思う。 正しい音律で演奏しているかどうかは決して目的ではないのだ。 イギリスでイングリッシュコンサートやOAEなどバロックオーケストラとの仕事の際、 調弦時に音律(の名前)が話題に出ることはまずない。 大抵は音律名など聞かずに、鍵盤の和音を聞いて合わせる。 逆に、耳で聞いてその音律が捉えられない場合は専門家として問題があるだろう・・・ リュートのフレッティングに話を戻すと、ダブルフレットの楽器の場合、 弦にサワリ(ビリつき)が発生するので、音程感はよりシビアでなくなる。 音程が少々ずれていても気になりにくいわけだ。 もともとガット弦の鳴り方は雑音成分も多く、良い意味で音程感はないものだ。 現代のナイロン弦、巻き弦、シングルフレットの使用は、音律的にもピュアで実用的な様に見えて、 その実は音楽的に大きなストレスを生み出しているわけだ。逆効果である。 (古)楽器の世界において音律の問題は確かに大切だ。 しかし、拘りすぎると大切なことがかえって見えなくなる。 音律に拘る人には、音楽のLate starterが多いように思う。 また、モダン楽器や歌唱を(音律に関心を払わないで)長くやっていた人が、 古典調律に触れて大きなショックを受け、いわば反動で音律に執着するようになった例も多く知っている。 おそらく彼らは自分の耳よりも、つい音律の名前やセント値など数字を信頼してしまうのかもしれないが、 調律オタクの人と話すたびに、音楽の本質からは遠く離れている気がするのだ・・ 2011年12月11日(12月13日に補筆) リュートにフレットをダブルで張っていると、 「ダブルのフレットは分割して古典調律に対応するため」というコメントが寄せられたりする。 例えばこんな感じ↓にして、異なる半音を作り、F♯ととG♭、A♭とG♯を使い分ける・・・みたいなコトだ。 ![]() 残念ながら、これには歴史的エヴィデンスはない。 しばしば感じるのだが、古楽器(に限らないが)の世界には結構な割合で音律オタクが居る。 勿論、音律の知識と実践は古楽においてとても大切だ。 しかし、ある種の人たちは全ての古楽器は古典調律されている(べきだ)と思いこんでいる。 アマチュアに多いが、しばしばプロ奏者でも本気でそう思っている。 リュート奏者にも各種の古典調律に対応するフレッティング表を作って喜んでいたりする人がいる。 歴史的事実を書くと、リュートやテオルボ、バロックギターなど撥弦楽器に、 古典調律が厳格に使用された形跡はない。 フレットを分割した確証もない。 ガリレイなど二、三の著者は小さな半音用の(貼り付け)フレットの存在を言及はしているが、 実用に使われた形跡はなく、ガリレオも使用には否定的だ。 メルセンヌは対数を使っていくつかの音律のフレット位置を割り出しているが、 実用に勧めているのは平均律のフレッティングだ。 ![]() 平均律のフレッティングのエヴィデンスは、メルセンヌの他、ガリレイの17/18ルール、 ツァルリーノ、その他多くがある。 耳で平均律に調律するのは困難だが、フレット位置は計算で求められるのだ。 音律に関してはMark Lindleyにそのものずばり[Lutes, Viols, and Temperaments]という本がある。 今となってはかなりOut of dateだが、それでも信頼できる情報源だ。 著者はピタゴラス、ミーントーン、ジャスト・イントネーション(純正律)、 その他の調弦の適用に関して細かに考察している。 またPoultonの[John Dowland]にはダウランドの調律法に関しての論文が載っている。 これらは撥弦楽器のテンペラメントを語るには必読の書だ。 ![]() Lindleyの研究は興味深いが、結論はなんということはない。ほぼ平均律全面肯定だ。 「平均律フレッティングは古くから知られており、広く実用されていた。 ベルムード、ガナッシ、ダウランドなどは耳によってフレッティングを調整することを示唆しており、 平均律のフレッティングを施して、さらに納得の行くまでフレット位置を動かしたのではないか。 ピタゴラス音律の使用を確証だてる作品は存在しない。 本文で挙げたアテニャンの楽曲はピタゴラス音律には向いていない。 ジャスト・イントネーション(純正律)が一般に使われた形跡はない。 ある種のミーントーン(ぽい)フレッティングは16世紀前半の音楽、 特にシェリックやミランの作品には歴史的にも実用的にも勧められる・・・・」 (思うに、Lindleyが研究を始めた当初はフレット楽器にも各種の調律法があるだろうとの目論見だったが、 研究が進むにつれて平均律フレッティングの確証ばかり出てくるので、なんとなく尻つぼみになってしまったのではないか) Lindleyの言うミーントーン・フレッティングだが、これは鍵盤楽器用語としてのミーントーンとは少々異なる。 鍵盤楽器用語としてはアロンのミーントーンとしても知られる1/4ミーントーンを初めとして、 2/7ミーントーンや1/6ミーントーンなどそれぞれ厳格な意味を持つが、フレット楽器の場合は単に 「4度を少々高め、5度を低めにして、3度をやや純正に近くする」くらいの意味だ。 実際、撥弦楽器を1/4ミーントーンに調弦することは技術的、実用的ににほぼ不可能なのだ。 ちなみに僕がよく使うリュートのフレッティングはこんな感じ。↓ ![]() まずは大体の平均律の場所にフレットを巻き、「耳で納得の行くまで」調律した結果だ。 1,3,5フレットは高めで2,4フレットは低め。開放弦は4度をやや広めにとり、 第4−3コース間の3度は低め(純正に近く)取る。 このようにすると、例えばハ長調の場合、第2コース第2フレットのミが低め、ト長調の場合は3コースのシが低め、 ヘ長調の場合、第1コース第2フレットのラが低め・・・といった具合に和音を綺麗に響かせやすい。 第4コース第1フレットのファ♯は高めだが、余韻の短いガット弦のリュートの場合、ほとんど問題にならない。 余韻の長い金属弦の楽器の場合、不均等なフレッティングは古い楽器にしばしば観察できる。 ↓は1800年頃のオリジナルのシターンの指板。 ![]() 前述のリュートの場合と同様に、第1、第3、第5フレットが高めだ。 18世紀のシターンは開放弦が和音になるように調弦される場合が多い。 例えば下からCEGCEGと調弦される場合、長3度のEに当たる第4,第1コースの開放弦を低めに調律すると、 Fの第1フレットおよびGの第3フレットは高めにする必要がある。まあ単にそれだけだ。 これらは厳格な意味での「ミーントーン」と呼ぶべきではなく、単に「Temperedされた調弦」と呼ぶべきだろう。 テオルボの場合は非歴史的であることを承知しつつ、17世紀もののアンサンブルの録音などで (プロデューサーに文句を言われないために)↓みたいにすることもある。 ![]() いわゆるミーントーンフレッティングで、第4コース第1フレットにG♯のフレットを貼り付けている。 しかし、これは現代のCD録音などのための処置で、コンサートでこれが特に必要だと思ったことはない。 19世紀に入ると、フレッティングが可変できるギターが見られる。 ![]() ↑はトンプソンの特許だが、これ以外にもいくつかの新工夫がなされており、 パノルモやラコートが楽器を試作している。 ![]() 一種の純正律フレッティングを目したものだが、 このようなギターが量産されることは絶えてなく、結局は一時の思いつきにとどまった。 残されているほとんど全てのギターには、ほぼ平均律のフレッティングが施されている。 (続く) 2011年12月10日 ヴィデオのレコーディングを行う。 いわゆるPromotion Videoで、CDなどの宣伝用。 会場はDulwichの大きな教会。モダンで明るい雰囲気の場所だった。 ![]() 演奏曲と楽器は次の通り。 シャコンヌによる即興演奏 (セラスのバロックギター) ジェミニアーニのメヌエット (ランベールのバロックギター) フェランディエレのコントルダンス (パヘスの6コースギター) ヘンデルのメヌエット (ロングマンのイングリッシュギター) シュトラウベのファンタジーとラルゴ (ペリーのイングリッシュギター) プエイエルのリール (プレストンのピアノフォルテギター) ![]() できあがりが楽しみだ。編集が済んだらyoutubeなどで公開の予定だ。 ![]() 2011年12月9日 2週間ほど前、イングリッシュギターの低音弦の分析をケンブリッジ大学の研究所に依頼した(11月26日の項参照)が、 その結果が送られてくる。 顕微鏡による拡大写真とコンピューターによる材質の分析だ。 結果は大体思っていた通りだったが、データを歴史的金属弦の専門家マルコム・ローズに送って確認してもらうことにする。 また大学の研究所には、念のために異なるサンプルを送って分析してもらうことにした。 ![]() ![]() 2011年12月8日 日本でダブルフレット/総ガットのリュートを試された方の感想が送られてくる。 楽器はルネサンスの6コースだ。 低音は非常に低いテンションのプレインガット プラス オクターブのセッティング。 「ダブルフレット、全くの別世界でした。 フレットを押さえるのが楽なのと、ブリッジ寄りの撥弦の影響もあるとは思いますが 比較的軽いタッチでも楽器が振動してくれるので、余分な力がいりません。 ずいぶん楽に演奏できました。 弦のビリつきには、正直にいうと面食らいました。 試しに演奏を録音してみたところ、シングルフレットと比べ、それほど違和感を覚えないので 驚きでした。また、低音が意外によく聞こえています。 私にとっては大きな冒険でしたが、とても楽しかったです。しばらく試行錯誤してみます。」 ![]() これはまったく真っ当なコメントだ。 ダブルフレットの楽器は演奏が容易で、修辞的に良く鳴ってくれる。 音の出方は、一般的なシングルフレット、ナイロン/巻き弦の楽器とは大きく違うので、 その良さを理解、体感するには「よく耳を開く」ことが必要だ。 個人差はあるが、耳の良さと同様に、付和雷同しない精神や、未知の体験への希求、 そして何よりも文化や芸術を重んじる姿勢が大切なのだと思う。 といっても、僕はナイロン/巻き弦とシングルフレットのセッティングを全否定しているわけではない。 現代の音楽活動において総ガットのリュートを使いこなすのはなかなか大変だ。 現代の演奏ピッチはルネサンス/初期バロックでA:440 or 466という弦楽器にとっては非現実的なものが多いし、 ステージでの調弦時間の確保も難しい。 また、適正に歴史的なセッティングを施されたリュートは、大抵の場合、他のレプリカ古楽器よりもうんと繊細に響くので、 アンサンブルにおけるアプローチが異なったり、音量的なバランスがとれなくなる場合もある。 そのようなことを考えると、現代セッティングのリュートはストレスなく、使いやすい。 ただ、やはりその場合でも演奏者がダブルフレット/ガット弦の歴史的セッティングを体感し、 本来の音色や奏法を理解した上で調整し演奏するかどうかで大きな違いが出る。 実際、「歴史的コピー」を標榜していても、あるいはガット弦を張ってはいても、 あり得ないほどのハイテンション、ハイアクション、ハイピッチのリュートを目にする機会は多い・・・ 2011年12月4日 今週は北ドイツに行っていた。ハノーヴァーに三日滞在。 今回は本番ではなく純粋なセッションで、 ごく最近、あるギター音楽研究家から提供を受けたスペイン18世紀後半のギター二重奏曲を試しに行ったのだ。 18世紀後半、イベリア半島では6コース複弦のギターが用いられるようになっていた。 6複弦ギターは宮廷でも一般の市民にも愛好された。 ソルやアグアドも若い頃には複弦6コースの楽器を弾いていたはずだ。 しかし、今日にはあまり多くのレパートリーは知られていない。 フェレンディエレの教則本に載っている曲くらいだろう。 当時スペインでは楽譜の出版が困難で、作曲家は顧客に注文に応じて手書きの楽譜を送りつけたのだという。 ほとんどの曲は手稿譜の形でしか残っておらず、マドリッドなどの図書館の奥深くに眠ることになってしまったのだ。 ごく最近、あるスイスの研究家がそのレパートリーを掘り起こし原典版の作成を始めた。 彼から十数曲のソナタの提供を受けた僕とドイツ人古楽器奏者のウーリッヒは、 是非一度音を出してみようという話になったわけだ。 お互いアンサンブルの仕事は多いが、6コースギターの二重奏はやったことがない。 ![]() 幸いロンドンから彼の住むハノーヴァーには直行フライトで一時間ちょうど。 ある意味では国内の旅行よりも容易に行ける・・・ 一応、3年計画くらいでレコーディングとコンサートの話が出ているのだが、 むしろ「ああ!これらの曲を6コース2本で弾いてみたい!」という本能?に負けたと言える。 僕のギターも彼のギターもヨゼフ・パヘスのオリジナル楽器。 ![]() 彼のはサイプレスのボディでやや小型。 こちらはチューリップ・ウッド(ローズウッドの一種)の胴体。 重量もマテリアルも違うが、弾いてみるとこれが非常によく似た鳴り方で興味深い。 サイプレスの楽器は暖かく響き、チューリップウッドの楽器はクリヤーな高音と深い低音が魅力だが、 全体の音色の指向はやはり同じだ。 どちらもファンバーリング(扇状力木)の楽器で、バロックの複弦ギターとは音の出方が違う。 バロックの楽器は構造がシンプルなせいか、音は素直で美しく、自然な広がりがある。 パヘスはよりアーティフィシャルな感じがするというか、ボディの中にミニアンプが入っているようだ。 ・・・18世紀当時、ファンバーリングの楽器を初めて弾いたフランス人ギタリストなどはどう思っただろう? それはトーレス・ハウザー系に慣れた現代のギタリストが初めてサイモン・マーティやスモールマンの ギターに触れた時と似ているかもしれない。 びっくりするけど違和感がある・・・むしろキライ・・・なにか悪いコトしてる気になる・・・みたいな。 (で、その夜、夢に出てきて忘れられなくなる) 実際、製作が複雑なこともあってファンバーリングのギターは当初フランスやドイツでは受け入れられず、 イギリスでもパノルモが「唯一の」製作家だったわけだ。 6コースギターの弦の張り方には各種ある。 僕は第1コースを単弦にして第5,6コースにオクターブ。オクターブ弦は高音側に張っている。 ![]() ウーリッヒの全て複弦で第4,5,6コースにオクターブ。オクターブ弦は低音(親指)側。 ちなみにどちらも本家フレンディエレ推奨の方法とは違う(笑)。 今回改めて気がついたのはブリッジ上の弦幅が狭いことで、コース内の弦間は2.5〜3ミリほどだ。 これは残されているリュートなどにも見られる特徴で、現代のコピーは広げて作るのが当たり前になっている。 しかしオリジナル通りの弦間の楽器を弾いてみると新たな発見がある。 それは弦同士がふれあってビリつくことで、(だからこそモダン・レプリカは広げて作るのだが)、 このところHPでも取り上げているリュートにおけるダブルフレットの場合と同様に、 ビリつきが意図されているように思う。 その音色はまるで初期のフォルテピアノのようだ。音に存在感がある。 これは以前から薄々感じていたことだが、今回確信を持つに至った。 ウーリッヒとの初見大会はとても楽しかった。彼は非常に優秀なアンサンブル奏者だ。 耳が良くちょっとしたニュアンスの変化にも応じてくれるし、和声感や調性感も優れている。 変わった和音や転調の際には必ず何か違ったアプローチをしてくれるのだ。 やはり音楽家にとって通奏低音に精通することは有益・・・というか不可欠だ。 ある種の旋律楽器奏者や指揮者が、技巧的には優れていても説得力がないのは、 多くの場合、通奏低音の素養がなく和声感に欠けるからだ。 ![]() ウーリは素晴らしいオリジナルギターのコレクションを持っている。 ![]() 僕のコレクションもそうだが、基本的に演奏できる良い状態のものが多い。 僕らにとって楽器とは弾けてナンボなのだ。 ギター以外にもリュートやシターンなども見せてもらう。 ↓は17世紀初頭にドイツで作られた5コースシターン。 ![]() 彼は5コースギターの調弦にして、主に通奏低音を弾くのに使っているそうだ。 いずれにしても楽しい滞在だった。次回が楽しみだ。 2011年12月3日 1昨日、昨日(↓)のようにガットの現在と未来を憂えて?いたが、日本の愛好家から興味深いメイルをもらう。 その方は東京在住でガンバやリュートを嗜み、合唱の指揮などもされているらしい。 以下、省略しながら引用する。 「・・・(リュートの)低音部分はテンションが低かったのでは・・ というアイデアに感心するところがあり、ガンバに流用してみました。 ルネサンスガンバ(アシュモレアンにあるGaspro da Saloのコピー)の低音部分で、 AquilaのLoadedGutが耐久性が悪く切れやすいのに我慢できず、やむなく 金属巻弦を張っていたのですが、中音域(3-4弦をAquilaのVeniceに していますが、これがすばらしい)とのバランスが悪く悩んでいました。 単純にVeniceを低音(5-6弦)にすると同テンションでは非常に太くなります。 そこで、テンションを低めにする前提で、そこそこの太さのVeniceを張ってみました。 もちろん巻弦のようなドーンという低音は出ませんが、中音域とのバランスも良く まだ検討・改善の余地があるかも知れませんが、この方向で満足しつつあります」 写真も添えられている。 これは実にまっとうなアプローチだ。少なくとも17世紀中庸以前には巻き弦は使われてないし、 ローデッドガットがある程度普及するのも17世紀初頭以降。 ルネサンス/初期バロック期にはロープ状のガット(Aquilaでは商品名Venice)が 低音には用いられていたと考えるのが妥当だろう。 16世紀の人は(リュートにしてもガンバにしても)、「ドーン」という低音は聞いたことがなかったのだ。 17世紀初頭のプレトリウス「シンタグマ・ムジクム」の挿絵でも 太いロープド・ガットがガンバに張られているのが観察できる。 ![]() 現代のプロ(を標榜する)ガンバ奏者の多くは、ルネサンス/初期バロックの楽器を使う際にも 巻き弦を張っているのが実情だ。 それはまあ、もともと巻き弦で育っているので転向?が困難というのもあるし、 ステージではガット弦の扱いは難しいということもあるだろう。 サヴァールなどカリスマティックな演奏者が総ガット弦の楽器を使っていないこともある。 イギリスのガンバ・コンソート「フレットワーク」は総ガットのルネサンス・ガンバのコピーも演奏していたが、 最近は低音に巻き弦を使用している。 それは彼らが近年、積極的に現代作品やバッハなどの編曲物を弾くようになったかららしい。 残念と言えば残念だ・・・ 総ガットのガンバの演奏には非常に説得力がある。 リュートの場合と同じく、音圧は下がるかもしれないが、語りの要素が増え音楽はより修辞的に響く。 加えて、ルネサンス・ガンバはそのタイプにより魂柱がないものも多く、その響きは全く異なる。 より語りの要素が増えると言って良いが、残念ながら現代の大抵のルネサンスガンバは魂柱付きで弾かれている。 (魂柱がないと)ステージでは響かせにくいというのがその理由らしいのだが・・・これも残念ではある。 2011年12月2日 ガット弦騒ぎは落ち着いたようで何よりだ。 ・・・で、ふと思い出したのだが、この夏に日本に滞在中「自分はガット弦を使わない」と 公言する古楽器の演奏者/教師や製作家の話を人づてに聞いたり、本人たちと会ったりもした。 で、その理由を聞いてみると「ガット弦は高価だから」と言う。 これは大変残念だ・・・ご本人らの経済状態が良くない(らしい)のには同情するが、 「音がキライ」「安定性が悪い」「切れやすい」などの理由ならまだともかく、 本気で「高いからガットは使わない」と思っているのだとすると、 古楽器の専門家たる資質、資格に欠けるように思う。 愛好家の場合は(・・・まあホントは同じような気もするが)、いろんな選択があっても良いだろう。 しかし、少なくとも専門家を目指すのであれば、「お金がないから」は理由にならない。 多少の経費がかかっても、古楽器本来の響きや奏法に近づこうとする態度は必須だし、 大体ガット弦なんてそんなに高いわけでもない。 西洋(文化)から遠く離れた日本で古楽器に関わることをやっているのだから、 貪欲に少しでも自分の経験値を上げることを考えるべきだろう。 それが文化に対する敬意と誠意の表れってものだ。 その意味では弦は非常に重要なファクターだ。演奏や製作への大きなヒントにもなる。 それを感じることが出来ないのは、結局その人の音楽や文化に対する姿勢が真摯でないということだ。 単に弦だけの問題ではなく、他のことに関しても同じだろう。 ・・・ですので皆さん、間違っても「ガット弦は高いから使わない」と言うセンセイに習っちゃダメですよ。 同じことを言う製作家の楽器を使うのもやめましょう。結局はご自分のソンです。 2011年12月1日 しばらくドイツに行っていた。久々のインターネットを見ない数日間。 ロンドンに戻るとニュースが入っている。 陳情や署名運動が効を奏しイタリア政府は方針を転換、Aquilaはガットの製造が可能になったようだ。 良い知らせだと思う。 ・・・まあ、今回のことはわざと少し皮肉な見方をすると、善良な?古楽器奏者たちが Aquilaのミンモ氏に体よく乗せられたというか、扇動されたという感がなくもない。 決して悪い意味で言っているのではない。 動物の内臓の加工が禁じられたと言っても、本来のガット弦のマテリアルである羊腸には とりあえずは関係はなかったことらしいし、実際に今回声を上げていたのはAquila一社。 同じEU内のイギリスのNRIなどはわざわざ「自社では問題なくガット弦の製造は続けている」旨の声明を出したりした Aquila社は宣伝というかAdvertising/Announcingに長けたカンパニーで、ミンモ氏のリサーチなども大々的に公表している。 彼の論文は読んでいて面白いが、なんというかスキャンダラスなイシューが目立ち、 必ずしもアカデミックな批判に耐える物ではない。 また、「初の人工ガット」として大々的に売り出されたナイルガットは、 ガットの特徴をカリカチュアのように誇張したもので、見方によっては真のガットは似ても似つかない。 (旧)ナイルガットの色を真っ白にしたのも市場で目立つためだけの理由だと言う(本人談)。 なので、今回の騒ぎも少しだけ鼻白むところがあるのだが・・・・いずれにしてもガットの製造が続けられるのは良いことだ。 2011年11月26日 11月22日(↓)に書いたイングリッシュギターのオリジナル金属弦について。 ケンブリッジのウォルフソン・カレッジで材質の分析を行ってくれることになった。 ここにはMusic & Technologyのデパートメントがあり、楽器の材質や音響の科学的分析はもとより、 音楽が人間の脳に及ぼす影響など精神医学の領域にいたるまで研究している。 早速試料を作成する。 最もオリジナルに見える3本の巻き弦をカットして、ワインディングを剥がしコアを出す。 研究所では必要に応じてこれらを切り離すなどして分析器にかけるわけだ。 結果が待ち遠しい。 ![]() 2011年11月25日 昨日書いたシングルフレットのエヴィデンスについて。 さっそくリュート・アーリーギター・ソサエティの事務局から返信あり。 早い対応に感謝!だ。 それによるとやはり絶対確実なエヴィデンスは特に無いようで、 謝罪?の言葉も添えられている。 で、シングルフレットの可能性として3点の絵画が言及されている。 いずれも僕自身、シングルフレットかも?と気になっていたものだ。 まずは↓。 ![]() ご存知ダウランド全集の表紙の絵。Baltoromeo Venetoの「リュートを弾く夫人」だ。 工房の作ったコピーも含めて数点が現存するようだ。 その部分を拡大してみると・・・うーん確かにシングルにも見えるが何とも言えない・・・ ![]() やはりオリジナルを見る必要がある。 最もオーセンティックな版はミラノの博物館にあるそうだが、 どなたかイタリア旅行した際には接写して送ってください・・・ とりあえずは博物館にメイルを書いて詳細を知りたい旨を送った。 返事が来ることを願う。 2点目は↓ ![]() ダグラス・アルトン・スミスの「リュートの歴史」の表紙になった絵。 フランチェスコ・ダ・ミラノとも言われるリュート奏者の肖像だ。 ![]() これも現物を見ないとなんとも言えないが、もとの絵画がそれほど精度高くは描かれてない気もする。 そして最後に↓ ![]() これは大きな画像がWeb上にもあった。 ![]() ううむ、微妙だがシングルにも見える。これもオリジナルを見たいものだ・・・ というわけで、皆さんからのご意見、情報もお待ちしています! 2011年11月24日 日本からの郵便を受け取る。日本リュート・ギターソサエティの会報「ノスタルジア」だ。 ![]() 僕はこの会では特に目立った活動はしていないが、ディレクターの一人になっており、 以前はしばしばロンドン便りなども寄稿していた。 今回は久しぶりに僕の原稿も載っている。 小論文「ダブルフレットの勧め:ルネサンスリュートのセッティング再考」と、 「新しいCDレコーディングと日本ツアー」の記事だ。 「ルネサンスリュートのセッティング」は本ホームページの「古楽器スターター:楽器とセッティング」の項と似た内容だ。 16世紀ー17世紀初頭には、リュートにダブルフレットが用いられていたことを当時の奏法や音色と絡めて論じたものだ。 ![]() 自分で多くの図像や文献を検証し、またイギリスの何人ものリュート歴史家や古楽器製作者とも話したことだが 当時ダブルフレットが使われていた確証は数多くある。 逆にシングルフレットが使用されていた積極的なエヴィデンスは少ない・・・というか今のところ一つもない。 絵画は画集やウェブ上ではシングルに見えても、現物に充分に近づいて観察するとダブルで巻かれているものが多く、 細部まで観察できる図像で明らかなシングルフレットのものは発見されていないという。 ![]() ![]() シングルフレットのエヴィデンスとなる図像や文献を見つければノーベル賞もの・・・ であるわけはないが、現代のリュート奏者にとってプラスになる情報に違いない。 僕自身、全ての楽器をダブルフレットで巻いているわけではないし、 シングルのエヴィデンスが見つかれば気が楽になる(笑)ところもある・・・ で、興味深いのは、今回の「ノスタルジア」の編集後記に会の事務局の人が 「当時のリュート絵画がすべてダブルフレットということはない」と書いていたことで、 もしかしたら明らかにシングルフレットが観察できる絵画を知っているのかもしれない・・・ と思って早速メイルで質問してみることにした。返信が楽しみだ。 皆さんもどうぞ「明らかなシングルフレット使用」の図像や文献をご存じでしたら、どうぞ情報をお寄せ下さい。 このページでも取り上げて行きたいと思います。 2011年11月22日
事態が改善することを望む。 今日はハープシコード製作家マルコム・ローズの工房を訪ねた。 彼の楽器はレオンハルトなどに使われているが、修復家としても、また歴史的金属弦の研究と製造でも有名だ。 彼の工房には大きなオリジナルハープシコードが置かれていた。 某博物館からの預かり物で修復を行っているそうだ。 1720年代にロンドンで作られたもの。イギリスの楽器というとカークマンなどが有名だが、その一世代前の楽器だ。 ヘンデルなどを弾くのに良さそうだ。 ![]() 僕はイングリッシュギターに彼の金属弦を使っている。 今日は彼が新しく復元したという18世紀タイプの鉄(アイロン)弦を分けて貰い、 低音弦用の巻き弦の復元の相談に乗って貰う。
2011年11月21日 EU内の条例によりガット弦の製造が難しくなり、Aquilaが生産をストップしたことは↓に書いた(11月15日)。 このことはヨーロッパの古楽器奏者に大きなインパクトを与え、そこここで話題になっている。 今はまだキルシュナーなど他のメーカーからの発表はないが、近い将来問題になることは目に見えているし、 いずれにしても弦の値上がりは避けられないだろう。 また、楽器製作に使用する動物性のニカワもそのうちに製造が困難になるという話もある。 何か方策を・・・と思っていたら[Save Gut Strings](ガット弦を救え)というメーリングリストが回ってきた。 ガット弦の製造を継続させるための陳情、署名運動だ。 おそらくは他の方面からの運動も起こるだろう。 署名運動のリンクを一つ挙げておく。 ここ! 2011年11月19日 リュート協会のミーティング。 今回のレクチャーは↓のような感じ。 11.30 The Paston lute books: a talk by Hector Sequera 12.30 Presentation of Baroque
lute music from an Australian lute book, played by Susan King
1.00 Break for Lunch
2.30 Presentation of contemporary
Australian and Tasmanian lute music, played by Susan King 3.00 The Electronic Corpus of Lute Music, a collaborative project for lutenists
worldwide: a talk and live on-screen demonstration by Tim Crawford 最初のレクチャーには残念ながら間に合わず、12:30からの「オーストラリアのリュート手稿譜」から聞く。 スピーカーはオーストラリア出身のスーザン・キング女史。 オーストラリアがヨーロッパ人により発見?されたのは17世紀、 このたびオーストラリアで書かれた独自のリュートのレパートリーが発見された! ・・・のかと思って胸を躍らせていたのだが、そうではなく 「19世紀にオーストラリア人のコレクターにより購入され、現在はメルボルンの図書館にある17世紀ドイツのリュート手稿譜」 の話だった。がっかりはしたが、なんとなくほっとした・・・ いずれにしても興味深いマヌスクリプトには違いない。 11コース用の作品で、作曲家としてはゴーティエ、ロイスナーなど。 興味深いのは全ての作品がニ短調ならぬニ長調調弦のリュートのために書かれていることで、 いくつかの作品はニ短調調弦の版でも知られているものだ。 スーザンが数曲を披露したが、曲も演奏も良く楽しんだ。 ![]() 昼食の後、やはりスーザンによる「オーストラリアの現代リュート曲」 こちらはまあ彼女の個人的なストーリーだったが、それなりに興味深く聴く。 その後、ティム・クロフォードによる「リュート音楽の電子化プロジェクトについて」。 これはロンドン大学と大英図書館で行われているプロジェクトで、 タブラチュアで書かれたリュート作品を記号化し、他の(タブラチュア)記譜法、 五線譜などへの読み替え、Midiによる音源化などを瞬時に行えるようにし、 様々な音楽ソース、楽譜、CD、ネット上の音源などと対照できるようにするというもの。 言ってみれば、リュート音楽のデータベース作りとそのためのソフト開発で、 例えば、ダウランドのあるリュート曲の冒頭2小節を入力すると、同じテーマを持つありとあらゆる楽曲、 全てのレコーディング、youtubeなどの動画なんか検索、対照できるようになる・・・みたいなことらしい。 詳しくは↓を参照! http://www.ecolm.org/ 2011年11月17日 バロックアンサンブル「ラヴェンチューラ」とのリハーサル。 来年早々に予定されているCDレコーディングのためだ。レーベルはハイペリオン。 編成は声楽X2、ヴァイオリン、フルート、ハープシコード、チェロ、ヴィオローネ、ギター。 レコーディングは1月中旬にロンドンで行うが、僕が12月から日本に滞在する予定で、 レコーディングセッション直前にはリハの時間がほとんど取れないので、曲決めを兼ねて行った早めのリハーサルだ。 昨年は「ロンドンのイタリア人作曲家」の録音を行ったが、今回は「18世紀後半のポルトガル音楽」。 僕は6コースギターとイングリッシュギターで参加だ。 ![]() この時代にはポルトガルには5コースと6コースのギターが共存していた。 ちょうど入れ替わりの時期だったと言っても良い。 イングリッシュギターはポルトガルには1780年代ころに導入されたと思われる。 Leiteによる教則本/曲集(1790年代にリスボンで出版)は貴重な資料だ。 今回はいくつかの器楽曲、声楽曲の他、Leiteの曲集からイングリッシュギターの作品も録音する予定だ。 ![]() 2011年11月16日 イングリッシュコンサートとの本番。 場所はロンドンのシティ、ゴールドスミスホール。 初めての場所だったが非常にゴージャスなところで驚く・・・ 聞いてみると文字通りゴールドスミス(金細工師)のギルドの建物らしい。 金の流通に深く関わっていたゴールドスミスたちは、大変な財力をもっていたということだ。 ![]() 演目はヘンデルのオラトリオ「ソロモン」の抜粋。 あの例の「シバの女王」が出てくる作品だ。 ヘンデルのオラトリオは大抵の場合、オペラよりも弾きやすく、テクストも英語なので聞き取りやすい。 弾いていて愉しい本番だった・・・ ![]() 2011年11月15日 衝撃的なほどに残念なニュースが飛び込んできた。 イタリアの弦メーカーAquilaがガット弦の製造中止を余儀なくされたらしい。 Aquilaからのメイルをそのまま引用する。 NOTICEWe regret to inform our customers that the production of gut strings is
closed both for bad quality of raw material, that since some months is
sold to us, and for the strict European legislation, and therefore also
Italian, that forbids the production and use of gut and prohibits
not only the use of Italian or European gut , but also the import of raw
material extra EU.
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