
● 楽器作りとはなんぞや?
ビール片手にウンチクをおおいに語る
ギターを作っていると、たまにですが「楽器作りとはなんぞや?」という禅問答のような思いが、ふと浮かぶことがあります(煩悩が多い証拠ですなぁ)。楽器づくりとはモノづくりであります。木材を集め形状をデザインし、工具で削り接着するという、じつにクリエイティブな行為であり、私はたいへんやりがいを感じています。
漠然ととらえると彫刻や家具の製作とよく似ていますが楽器は完成後に音が出て、音楽を奏でることができるのです。なんて素晴らしいことでしょう! 音が出るんですよ、音が! 完成したばかりの楽器や修理の終わったばかりの楽器に弦を張って音を出し、イメージどおりの音色が出たときの感激といったら例えようがありません。コ〜〜フンして夜も眠れません(ホント)。予想より良い音が出たら死んでもいい(ウソ)。
さて、世の中で楽器作りというとヴァイオリンからパイプオルガンまで様々ですが、ほとんどの場合は「独創的・創作的スタイルの楽器」と「歴史的スタイルの楽器」、そして「歴史的スタイルの楽器のアレンジ物」とに大別されるでしょう。他にもありますかね?
(A)「独創的・創作的スタイルの楽器」
(B)「歴史上の名器の忠実なコピー楽器」
(C)「歴史上の名器のアレンジ楽器」
(A)「独創的・創作的スタイルの楽器」
例えば、まったく自分の思いつきで「こんなギターがあったらいいなぁ」というのを自由にデザインするというのは楽しいものです。勝手にネックの数を増やしたり、素材を今までに見なかったものにしてみる。私の場合は、こういった楽器作りはとてもはかどり、考案から完成までは以外なほど短期間ですみます。作っている最中に仕様を変更することも珍しくありません、作りながら「ん? なんだか違う」とか「もちっと変えてみよう」というようなインスピレーションは大事にしたいと思います。ただ、面白いことに100%独創のデザインによる楽器というのは案外難しいものでして、昔の楽器を調べてみるとほとんど同じようなものが、すでに何百年も前に作られていたりするのです。そうなんです、現代人のたいていの「新発想」というのは昔の人達がすでにやったコトだったりするのです。ちょっとガッカリ、でも反面、同じ発想を持つ仲間をそこに見つけたようで嬉しくなったりもします。自由に創るということは気楽でカンタンと思われがちですが、じつは先入観や既成概念がジャマをして完成品はなかなか独創品ではないのです(どこかで見たようなモノになっちゃうってコト)。そうです、「自由」とは案外、難しいものなのかもしれません。でも、いつの日かCRANEスタイルなんぞというものを確立してみたいもんです、フフフ...(野望ともいふ)。私がときどき製作する「コンセプト・シリーズ」の楽器はそういった野望、おっと、私の夢をカタチにしたもの、とお考えください。
(B)「歴史上の名器の忠実なコピー楽器・復元楽器」
そうです、あなたが楽器店のショーケースで見かけたヴァイオリンはストラディバリウスのコピーであったり、手元にあるエレキギターもGibsonのコピー楽器であったりするわけです。アコギだってたいていマーチンのコピーでしょ? 歴史上の名器をお手本にして同じように作れば音も同じような素晴らしい楽器が完成する.......... ハズ。 う〜〜〜〜ん、ところがそんなにカンタンじゃないんですねぇ、残念ながら。歴史上の名器というのはみんなが欲しがるために多く製作され、いわば普及度や知名度という点でスタンダード(標準)の域に達するのです。但し、今日のコピー楽器がすべて当時の名器に忠実かどうかは難しいところで、一見すると似ているけどよく見るとカタチとか構造や音が違う....... そうなると次に説明する「歴史上の名器のアレンジ楽器」になっちゃうワケです。その境目はビミョ〜。例えばヴァイオリンの名器といわれるものはバロック時代に作られていますが現代のヴァイオリンとは構造も弦も弓に至るまでゼンゼン別モノなんです、金属弦ではなくガット弦でネックの角度も違えばバスバーも違うし弓の張り具合も違うんですね。当時に忠実な楽器とは「歴史的な(ヒストリカルな)楽器」ということになりますが、なかなか忠実なものは少ないのが現状。名器のオリジナル(当時の楽器)も現代風に改造されたものが多いですし、あるいは忠実なコピー楽器といわれている楽器でも鳴らない楽器はいっぱいありますねぇ...... 。
(C)「歴史上の名器のアレンジ楽器」
歴史上の名器というのはやはり魅力的なスタイルを持っているワケでありますが、(B)のようにまったく同じものを作るのは簡単なことではありません。博物館や音大の資料室に見られる現存する楽器は改造されていたり特例的なものであることもしばしばで、博物館にある楽器を忠実にコピーした.....といってもじつは改造された部分までコピーしてしまうことも世間ではよく見られます。つまり検証不足なんですね。工場で量産される楽器も生産コストの問題等から「歴史上の名器」を多少変更して作られることも多く、やりかたによってはイビツなものになることもしばしば(^_^)。しかしアレンジ物が必ずしも悪いというわけではなく内部構造や材料をアレンジしたほうがむしろ音色や音量など楽器としての機能に関して結果が良かったりすることもあります。それから、(B)の楽器でも「当時有り得た仕様の楽器」を作ることは可能で、例えば現存する楽器の装飾を省いた汎用的なモデルや素材の組み合わせ当時有り得た仕様に置き換えて作るというものです。博物館の楽器は比較的ユニークなあるいは装飾優先な楽器が多いのですが、当時「一般的だった楽器の仕様」は素朴なつくりで装飾もひかえめだったりするのです。当時有り得たはずのスタイルを想像しながら作る..... それは高度に作業すれば「ヒストリカルな楽器」となり(C)を脱して(B)となります。当時のラインナップを充分検証し、数多くの楽器を見ること、触れること、修復を数多くこなすこと、で可能となります。装飾を抑えれば手間を省け楽器の価格も抑えることが可能なので身近に当時の音を楽しめることにもつながります。(C)と(B)の境界は明確ではありませんね。
● ならば鶴田はどうなのよ? :ポリシー
真のコピー楽器、あるいはヒストリカルな楽器、歴史的なコピー楽器(復元楽器)、というのは図面や書物の寸法どおりに作ることではなく、その製作家の「音創りの手法をなぞること」だと鶴田は考えます。楽器の物理的なコピー以上に「音創り」のアーキテクチャをコピーするべきなのです。
形状や板厚を忠実に図面とまったく同じ楽器を製作しても同じ音になるとは限りません。もっと具体的にいえば文献にジャーマンスプルースと指定されていてジャーマンスプルースを準備してきても木目や比重まで同じ木材は調達できないでしょう。木材の産地や気候で特性は大きく異なるのはもちろんです、板材の音響的伝達特性や柔軟さが同じになるわけではありません。つまり図面通りの寸法と同じにするのではなく楽器本来の目的と必要に応じて厚くしたり薄くしたりせねばならないのです。また、現在入手可能な楽器の図面は安全なものとは限らず、間違いや改造を含んだ怪しくて危険な?ものも少なくないのです。古い楽器に関する文献や論文も時代ごとに解釈が違ったり誤りも多く見られるのです。ですから「専門誌に書いてあったから」、とか「論文が残っている」とか「著名な方がそう言っているから」というのは必ずしもあてにならないのです。自然な方法論で考えれば理にかなった答えが見えそうなものですが研究家というのは時としてささいな事象や当時の特例を誇大解釈して斜めにとらえがちなものなのです(恩恵もありますけど)。
現物優先。そうです、私は現存する当時の楽器を目の前に置いて観察し、文字通りコピーして製作しています。但し、現存する楽器は改造されたり欠損している場合や例外的仕様であることもありますから検証が前提です。文献はそういった補正のための手段として、あくまで「参考」としてとらえるようにしています。現存する当時の楽器といってもラベルの無い無名の楽器を私は好んでコピーの対象にします。過去に「作者不詳の楽器なんかコピーしてどうするの?」と疑問視した人がいましたが、ラベルやサインの無い楽器でも非常に高品質で音の良い楽器はたくさんあります、そしてそれらは改造されていない当時の状態に限りなく近い状態であることが多いのです。私はブランドに興味があるのではなく品質に興味があるのです。有名な製作家の楽器は現存するもののほとんどが市場原理で綺麗に改造、おっと、修理・部品交換・再塗装されてしまっていることがほとんどなのです。
幸いなことに18世紀〜19世紀(20世紀初期)のギターなどはまだ多く残っており、コンディションにこだわらなければ世界中を探せば当時のオリジナル楽器が入手可能です。お金がかかるのも事実ですが文献に投資するぐらいなら壊れたままの手つかずの楽器を手にするほうがはるかに得る物が大きいと、私は考えています。コピー楽器を作る場合、壊れた楽器を入手することは採寸・調査にはむしろ好都合なのです(もちろん価格も安い)。木材は経年変化で収縮するのでそのままのサイズでは製作しません、製作当時の寸法は表面板・裏板・指板など、わずかに大きいのです(モノにもよるが無視できない)。木材の種類も判断の困難なものがあったりします。木目の使い方やニカワや塗装の状態は現物からしかわからない貴重なことが多く、一般の図面や文献からは得難いものです。また、構造や材料や塗装の状態などから当時組み立てられた順番(製作工程)やジグなどを知ることもできます。 細部を注意深く観察し、写真を撮り、記録を残しますが、こういった地道な苦労はあとあとまで私の貴重な財産となります。そうです、ガラクタ万歳なのです。
自分でコピー楽器を作る場合は目の前にオリジナルの当時の楽器を置いて作ると書きましたが、寸法を同じに作るためではなく、その製作家の音創りの傾向や手法をつかむのが主な目的なのです。木材への緊張のかけかた、共振勾配のつけかた、弦のテンションへの応答....... じっくり観察し、よく考えることで見えてくるものです。厄介なことに作りはじめてから疑問が発生することが多く、削ったり接着する時間よりも考える時間のほうがはるかに長いのです(たんに私の手際が悪いという話もあるんだけど)。現代では入手困難な材料などがあればイミテーションで妥協することもあります、しかし妥協点は高くありたいと思います。 え? そんなコダワリが必要なのかって? ト〜〜ゼンです、男子たるものこだわらずしてどうしますか!(^_^)
そういった理由から、お問い合わせの多い「注文」には応じません。 生計をたてるために楽器を作るのではなく興味本位でありまして、わたくし個人が音創りのしくみや歴史を知ることが目的なのです。上記の理由から1本の楽器をつくるのに非常に時間と手間と資料と資金がかかります。そしてまた私は基本的に同じ楽器を2回作りません、似た楽器でも時代や仕様が必ず異なります。注文は一切受けないかわりに納期に追われることがありません。ですから純粋に自分の気にいった時代の楽器にトコトン没頭して製作できるのです(楽しいんだ、これが)。そのかわりといってはナンですが、資金不足のために製作した楽器や修理した楽器のなかから売却を迫られることはあります....残念ながら.... なかなかコレクターにはなれませんなぁ.... 現実は厳しいのです。今まで実験的な楽器や資料本意の楽器も作ってきましたが、21世紀になったことですし、独創楽器ならおもいっきり変なリクツをこねた楽器を、コピーなら本物以上にホンモノらしいヒストリカルなコピーを目指すのであります。
昔の楽器について調べることは、とても「つらく楽しい」ものです。調査すればするほど困難は増大し、新たな発見に驚かされます。当時の音楽や文化・習慣あるいは地域ごとの時代背景なども学ぶことになり、ギターの修復と製作という限られたワクにありそうに見えて、じつは幅広く奥深い世界なのだとつくづく感じます。それぞれの時代のギターを訪ね探求することは時空を越えて世界を旅することのようです。私の旅はまだまだはじまったばかりですが、世界中をひとめぐりして土産話を満載し、いつか帰ってくる日を自分自身で楽しみにしています。
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