■ 鍵盤ハーモニカの音程修正
2年ぶりに? このコーナーを更新しまする。ほかにもあれこれ修理などやってはいるのですが、
掲載するのであれば少し変わったものを、というわけで今回はピアニカです。
呼び名の「ピアニカ」はヤマハの登録商標(製品名)なので、一般的にいえば「鍵盤ハーモニカ」ですな。
え? どうして弦楽器工房のCRANEで鍵盤楽器を? と思われるかもしれませんが、最近公開したハーディガーディのキットが影響しています。
完成したハーディガーディで演奏できる曲を探していたら、鍵盤ハーモニカ曲集なんてのがありまして、小学生がメロディラインを弾くことを想像してみると難易度や音域が近そうで、その曲集が使えそうではないかと思ったのです。ただ、ハーディガーディのキットは7音で1オクターブ未満。実際の鍵盤ハーモニカは半音も出せるので少し差がありますが。
そこで、ひとまず25鍵の鍵盤ハーモニカを入手。ヤフオクで1000円ぐらいでした。
ヤマハの PIANICA P-25B というモデル。おそらく40年ぐらい前(1970年頃?)の楽器です。MADE IN JAPAN です。
近年の製品と比べて金属パーツがまだ多く使われていた時代で、デザインも時代風でカッコイイ。鶴田のお気に入り。
このピアニカを吹きながらハーディガーディで弾ける曲を探したわけですよ。
そしたら、ピアニカはギターやハーディガーディには出せない音が出せることに気付きます。クレッシェンドが出せるのです。和音だってOK
ピアノやオルガンですらクレッシェンドを出すのは困難。但し、低い音と高い音では吹き込んだ息への反応速度が異なる ... フムフム、なかなか奥深い。
・今回の作業に必要なもの:+- ドライバー、チューナー、ダートマグラフ、紙やすり、棒ヤスリ、ピンセット、薄いピックなど。
● 鍵盤ハーモニカは偉大なり
1829年に発明されたシンフォニウムという楽器が起源であるとされており、当初はボタン式アコーディオンに唄口を付けたようなものでした。
それが現代の鍵盤のスタイルになったのは1957年、ドイツのホーナー社の開発した「メロディカ」です 。 私もメロディカ・アルトを1台所有していますが、左手で黒鍵を弾くように作られており、機能もデザインもよくできた名器です。
鍵盤ハーモニカといえば小学校で教育楽器として、ハーモニカやリコーダーと並び広く使用されてきたことは皆さん御存知のとおり。私の小学生時代はハーモニカとリコーダーを買わされて、オルガンも音楽室に配備されていました。田舎の小さな学校だったのでオルガンが人数分あったのです。しかし、そのせいか鍵盤ハーモニカに接する機会は無かったのです。
日本ではヤマハ、トンボ、スズキ、ゼンオン、などのメーカーがありますが、少子化に伴い現在ではトンボが鍵盤ハーモニカから撤退。ヤマハも規模縮小に加えてアジア製となり品質はガタ落ちです。しかし、スズキはなぜか鍵盤ハーモニカに力を入れており、プロ向けも含めて充実したラインナップを誇ります。
とくにメロディオン PRO-37V2はオススメです。一般的に鍵盤ハーモニカはある程度の強さで吹かないと音が出にくいです(とくに低音側)。ついつい パーン! と車のクラクションのように鳴りがちです。そ〜〜っと柔らかい音を出すには練習が必要。しかし、近年スズキの開発した PRO-37V2 はリードの形状を台形にしてそれらを改善しており、だいぶ吹きやすくなっています。実勢価格16000円程度でチトお高いですが、表現の幅が広がります。
1970年代にジャマイカのオーガスタス・パブロがレゲエやロックに鍵盤ハーモニカを使うようになってからというもの、ジャズやフュージョンで徐々に普及しました。演奏方法も片手でメロディのみを奏でるものから両手でコードと旋律を同時に弾くことが一般的になり、2台用意して左手でコードを弾き右手でメロディを弾く(二刀流)、ピックアップ付きモデルやテーパーリード等も登場するなど、近年ではめざましい発展を遂げています。
何より、かつての教育教材としての鍵盤ハーモニカの域をはるかに超越して多様化し、異常ともいえるような演奏例が見られるようになったことは事実です。このページ最後のリンク集に動画リンクを記載しておきまする。かつて昭和のピアニカ世代において、誰がこんな演奏を想像したでしょうか ....
● 音程修正
え〜〜〜〜〜と、何の話でしたっけ?
あ、そうそう、楽器のリペアでしたな。
全国の(世界中の)学校で使用されただけあって、膨大な楽器が残されています。いまや中古であれば数百円から入手可能です。
たのむから 処分してくれ 、あ、いや、引き取ってくれといわんばかりの溢れよう。
ところが、経年もあってリードが痛んだり音程がズレている個体も結構あります。
私が入手したピアニカ YAMAHA P-25B も鍵盤によっては27cent を超えるアンバランスがありました。
そこで、リードを削って正しい音程に修正することにしたのです。
まずは分解。写真をよく見ていただくとわかりますが、試奏したあとに開いたのでリード板が結露しています。多くの管楽器がそうであるように鍵盤ハーモニカにも水抜きボタンが付いています。鍵盤ハーモニカでは卓奏用の長いホースを使えばリードが結露しにくいです(途中で息が冷めるため)。しかし、ブレスコントロールを緻密に行うには唄口は短いほど有利とされているので選択の余地があります。
さて、ケースを開いてみたところ、ひとまず大きな損傷は無いようです。
一音づつ音を出して A=440Hz から何cent ズレているかをダートマグラフで書き込んでいきます。
記入が無いキーは ほぼ + - 3 cent程度 ですが、多くは +10cent から +27cent ズレていました。 -5cent のように低い方へズレているものもあります。
ズレ具合の確認が終わったら作業に邪魔な鍵盤を全て外します。ちなみにスズキは引きバネ方式、ヤマハは押しバネ方式です。
両者とも、意地でも同じ方式はとらないのでしょう(笑)。
さて本題。音程の調整です。
音が高すぎる場合はリードの根元を削ります。ここではサンドペーパーを使っています。ほんのわずかに削っただけでグッと下がるので慎重に。
6回こすって様子を見る、というのを1セットにして調整していきます。
ちなみに、この写真は少し前に音程修正した同型のピアニカです。P-25B は2台あるのです。
音が低すぎる場合はリードの先端を削ります。
先端はしなりがあるので写真のようにテレホンカードか薄いピックのようなものを敷いて棒ヤスリで削ります。
削りすぎると基準を通り越してしまうので、これも慎重に作業します。
チューナーとヤスリを使って、何度も何度も削っては吹いて音程修正を繰り返します。だんだんズレが減ってきました。写真を御覧あれ。
一般的には出荷時に全ての鍵盤は +5セント(もしくは+10セント)ぐらいで調律されているそうです。
新品で鍵盤ハーモニカを購入しても、全体的に A=440Hz ではありません。ちょっと高いのですよ。
モダンなピアノみたいに442Hzもあり得ますな。
鍵盤ハーモニカも室温によってはチェンバロ並みにピッチが変動します。夏と冬では当然ながら差が出ます。
今回は + - 0 cent を目標に調律してみたのですが、翌週にチューナーで確認すると全体的に +5cent となっていました。調整した日とは室温が違ったこともあるのでしょう。デリケートな楽器ですな。
【参考データ】A=440Hz を基準とした場合の音程差 周波数 / cent :ざっくり計算
392Hz -200 cent(1音低い)415Hz -100 cent(半音低い)
440Hz + - 0 cent [ 基準 ] ●
441 +3.9 cent
442 +7.8 cent
443 +11.8 cent
444 +15.7 cent
445 +19.6 cent
446 +23.4 cent
447 +27.3 cent466Hz +100 cent(半音高い)
494Hz +200 cent(1音高い)
ひととおりリード調整を終えたあと、エア漏れが少しあったので調べたところ、パッキンの端が収縮して短くなり隙間ができていました。
ここはうまく向きを変えて再接着し、ついでにほかのシール箇所も再接着。解決しました。
● メンテナンス完了
チューナーで1音づつ確認して試奏して完了です。
オクターブもちゃんとハモっています。夏に再度測ってみます。
ふぅ ... 鍵盤楽器は鍵盤の数だけ作業が発生するので 根気がいりますな。
これはまだ25キーなので鍵盤ハーモニカとしては最小モデルですが、44鍵モデルぐらいになると体力が要りまする。
ちなみにリード1本をダメにしてしまうと、メーカーではそのリードのみの交換はやってくれず、リードパネル全体の交換となるのが一般的。
自分で調整する場合は御注意ください。
それにしても、どんな楽器であれ踏み込んでいくと奥が深いですな。
● 参考リンク
鍵盤ハーモニカ:Wikipedia
鈴木楽器製作所:メロディカ
タンゴアンスカイ:南川朱生
シャコンヌ / 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより:Ena Yoshida
ピアニカの魔術師 -MusicVideo-
ボヘミアン・ラプソディー(Queen):BennyTheJukebox 鍵盤幅が狭いので片手でもこれだけ弾ける例