■ ギブソン(Gibson)アーチトップ L-1 (1917年)
さて、あれこれ頻繁にいろんな楽器を修理しているものの絶体絶命・致命的なトラブルの楽器はそう多くありません。これまでは修理の種類に応じて断片的にリペア作業を紹介してはきましたが一台まるごとの修理記事はありませんでした。まあ、そのほかの軽い症状のリペアはほとんど記事にしていませんし、まだ手元の楽器で修理待ちのギターやマンドリンがいくつかあるので、とんでもない破損状態のギターもいずれまたこのコーナーに紹介できそうなものを選抜して掲載していこうと思っています。で.........今回は絶体絶命版・1台まるごとレストアの記録です。記事も長けりゃ写真も膨大、こじんまりとまとめちゃうと肝心な修理が見えにくいので修理過程と完成後の写真コーナーを分割して掲載することにしました。写真が多いので表示に時間がかかりますが、がんばって耐えてください........。
まずはこの写真をご覧くださいGibsonのL-1です。1917年製ですが一見すると弦さえ張ればこのままなんとか弾けそうな気もします........が!?
【状態チェック】
じつは裏を返すとご覧のとおり。裏板はセンターと両脇が割れ、なおかつ塗装は溶けており、過去のテキト〜な修理でプラモデルの塗料のようなカラーがまだらに塗られています。ガムテープを貼った痕跡や亀裂、擦り傷、あて傷も随所に見られます。問題箇所はこちらの写真に図示しました。裏板だけでも割れは5箇所以上あります。ちなみに私が海外のオークションで入札したときはこの楽器の裏面の写真は無く、表からの写真とわずかな解説文だけでした........破損個所があることはわかっていましたがまさかこんなに素晴らしい状態とは......修理の死骸があります、おっと、しがいがあります、ウデが鳴りまっせぇ〜〜〜!
側面板がまた素晴らしく剥がれており、裏板はかろうじて接着され、全体が激しくゆがんでいます。ヒール部分もズレたままの状態で接着されており、はみ出したボンドを見れば前回の修理が暫定的な(その場しのぎの)ものであったことがうかがえます、いいぞ!?
しかも.........どうやらこのギターは暖炉もしくはストーブのかたわらで火あぶりとなったらしく、裏板も表面板も塗装が部分的に焼け焦げていました(ヒ〜〜〜〜〜!)。表面板は全域にわたって塗料が溶けて空気の粒ができてしまっています。よく見るとギターはそのとき斜めに置いてあったようで、サウンドホール周辺やブリッジあたりに塗料が溶けて流れ落ちた痕跡が確認できます(以下の写真参照)。ネックの高音域にクラックも発見。
もちろん側面板やピックガード、テールピース類も例外ではありません。ロアブーツの片方ではおそらくカーペットが敷いてあったとみえてその繊維がこびりついて無惨な状態です次の写真を御覧あれ(世界初!起毛ギター!).....冬は暖かそうですが.....。大小のあて傷も至る箇所に見られます。
表面板と側面板が加熱されたことによりほとんどのニカワが剥がれています。自然に剥がれていれば修理は楽ですが当時弦を張ったままの状態で放置していたようで張力によるゆがみが側面板にも大きく現れています。問題箇所は挙げればキリが無いのです。
ペグのグリップも溶けておりパーツもいくつか交換されていて操作についても状態は悪いです。オマケにヘッドの両脇の木片が剥がれています。ヘッド裏の火あぶりされた塗装もケロイド状になっています。それでもネックは演奏時の摩耗で塗装が薄かったせいか塗料が溶けてはおらずダメージは軽いです。
というわけで、他にも傷や汚れや破損箇所は多数...........。あえて救いといえばパーツはすべて当時のオリジナルが付いていることです。そのパーツのほとんどが熱で溶けるなどして傷んでいますが、可能な限り修理・復活させて使用することにします。じつは実際にリペアを進めていくうちに外から見えなかったトラブルが多く表面化するのです....追って紹介していきましょう。
【レストア準備】
まずほとんど剥がれている裏板を完全に剥がします、いわゆるオープン修理と呼ばれる作業ですな。アイロンとしめらせたタオルで加熱しつつナイフで容易に剥がせました。作業中に前の塗装が溶けてきましてタオルが赤く染まっていきます....どうやら前回の塗料は部位によって1種類ではなかったようです。ちなみにこのアイロンは小型の旅行用でスチーム付き、テフロン加工されている、というスグレ物で鶴田は愛用しているツールのひとつです。
拡大写真はこちら(表面板のブレイスの剥がれに注目)、そしてコチラ。写真では接着剤が詰まっていてわかりづらいかもしれませんがブロックとほぞには若干のギャップがあります。ちなみに別の楽器(L-4)のLシリーズにはこのスキマのかなり目立つものもあったりします。
剥がした直後の裏板です。メイプルの単板。ディジタルカメラで撮影した写真に青い線でマークしたのがクラック及び剥がれの箇所です。
ちなみにラベルはかろうじて裏板にしがみついていまして、これも剥がしてやります。写真ではわかりづらいですが、裏板は割れの箇所が多いのです。センターもあとでふさいで元通りブックマッチで接着します。
思ったより厚い裏板です。製作や修理の機会が無い限りめったにお目にかかれない断面でございます。こういった機会に寸法を記録しておきます。ここまでで分解作業を終了。
【レストア開始】
さて、さっそくエンドブロックと側面板が完全に剥がれて浮いている箇所を発見.........ここからはじめましょう。クランプを使ってニカワで接着します。
そして表面板裏のブレイスが剥がれているのでニカワで接着してクランプします。ここの作業はタイトボンドは避けたいところ。アーチトップにはXブレイシングもありますがこれは平行なタイプです。
ライニングの欠損部分を自作してボディの数カ所に小さなクランプを使って接着していきます。側面板の割れを防ぐためのシームはライニング(ペオネス)の下に敷かれるように接着されています、せっかくリペアするのですからのちのためにもこういった点をチェックしておくべきです。
裏板の数カ所のクラックを修復していきます。センターで接ぎ合わせたあとにラベルを元通りに貼ります。ラベルは過去の修理で傷んでいますので可能な範囲内でヤサシクつなぎ合わせつつ接着してやります。
というわけでライニング各部と裏板全域をなんとか修復。はみ出した接着剤はあとでフキフキしてやります。
ここまでは順調に作業してきました......が、ここにきて大難関が立ちふさがります。側面板のゆがみと全体の塗装です、とくに真っ二つの裏板は元通りに接着したもののボディが激しくゆがんでいるために素直にかぶせても側面板と裏板はピッタリ合わないのです(以下にその状態を図示します...ちょっと大げさな図ですが)、この対処には頭を抱えました........。
まず、めちゃくちゃに溶けてしまって傷の多い塗装を剥がさねばなりません。楽器の状態にもよりますが下手にサンディングして剥がそうとすると微妙なアーチの形状を損ねる恐れがあります。そこで今回は剥離剤を使います。剥離剤(はがし液)は思い切ってベットリ多めに塗り、溶けはじめたのを確認したらヘラかスクレーパで傷つけないように塗装膜を剥がし、最後は完全に拭き取るのがコツです。剥離剤はボディに良くないという話も聞きますが、このメーカーのものを私は気に入っていて、きれいに拭いて完全に乾燥させれば以降の再塗装作業や仕上がりには全く問題はありません。作業中に気付いたのですが、前の修理をした人は傷んだ塗料の上から不透明な赤茶色のペイント(たぶん油性でボディ色とはけっこう異なる)をベタベタと塗ったっきりになっていました。
のんびりやってると鶴田のペースでは半年はかかりそうなので「塗装剥離作業」と「ボディ+裏板接着作業」を平行して行うことにしました。ボディのゆがみは大型クランプと籏ガネが大活躍します。側面板がかなり大きく広がっているので締め上げて裏板のシェイプに沿わせます.........と頭で考えるのは簡単ですが実際には一発で収束しません。わたしのとった手順は以下のとおり。なぜ全体を一気に接着できないか?........理由は、やってみればわかるのです。頭で簡単だと思っていても実際に手を出してはじめてその困難に気付くのであります。
1. まず最初にヒールのブロックと裏板の上端部を接着し、
2. アッパ・ブーツ(つまりショルダー部分ね)を片方づつクランプしてシェイプに合わせて接着。
3. エンドブロックと裏板下部を接着(このとき左右の側面板と裏板の寸法バランスをとります)。
4. 左右のウエストを仮接着(かなり絞り込む...ここがミソね)。
5. ロア・ブーツ(つまりオシリのことね)を片方づつクランプしてシェイプに合わせて接着。
6. ウエストの接着剤を剥がし、今度はシェイプに正確に合うようにクランプして片方づつ接着。
前の写真はじつはすでにかなり作業を進めたあとの写真で、ある程度裏板と側面板は揃っていますが実際には1cmぐらいのズレが生じていました。こちらの写真がクランプ掛けの真っ最中....。コルク板を使えば湾曲した側面板にクランプが滑らずうまくかかります。
今回私の使った剥離剤はコレです。たいていの種類の塗料に使えて処理後も自然界に分解しやすい成分の溶剤です。ゆるいゼリー状の液体で柑橘系というか、美味しそうな香りがしますが良い子のみなさんは決して口にしないよ〜〜〜に。
クランプはボディの垂直方向と水平方向に交互にかけねばなりません。裏板のシェイプだけに気をとられていると接着剤はみるまに乾き、硬化するので肝心のライニングと裏板が密着しないことに気付かず、やりなおさねばなりません。クランプ掛けは全体のシェイプがなだらかになるように、なおかつ裏板と完全にフィットするようにバランスをとりながら締め付けトルクをかけます。.......しかしまあ、今回の楽器の場合は予想よりゆがみが激しく、最終的には側面板は完全に収束せず、わずかですが0.2〜0.3mm程度の誤差を残さざる得ませんでした(これ以上締めると間違いなく側面板が割れます)。泣きながら面をならします.....。
さて、反対側の側面の処理です。この年代のL-1は側面板にメイプルの単板(年式とタイプによってはマホガニー)を使っていますが厚さは2mm(1.7mm)以下です。側面板を力まかせにサンディングするのはちょっとキケン....。ここは焼き付いたカーペットの繊維を取り除いて、古いペイント層は剥離剤を使うことにしました。
それでも裏板部分とは微妙にかみ合わないので多少はサンディングします。このあとかなり時間をかけて裏板のエッジと側面板の面を少しづつ揃えていきます.........。
さて、こちらは裏板ですが、塗装膜の剥離作業も進んでいます。剥離剤処理の後、320番程度のサンドペーパでごく軽く表面をサンディングします(あくまでカルク....強くやっては意味がないのであります)。このとき完全に色が無くなり、下地になるまでサンディングすると塗装は楽ですがアーチのRが変わってしまうのでこのくらいでやめておきます。サンディングを浅くするとアーチはオリジナルから大きく崩れることはありませんが染めの作業で微妙に濃淡をコントロールせねばならないので以降の塗装作業は難しくなります........が、あえて今回はその方法をとります。
さあ、次の写真は側面板と裏板をピッタリ?まとめ、目止めをすませて染め作業を行っているところです。染めの作業は顔料とセラックを使います。ヴァイオリン用の顔料には多くの種類がありますがセラックと合わせるのでオイルニス用の顔料ではなくアルコールニス用の顔料を使います。まずレモンのセラックに濃赤と黒の顔料をブレンドします、端材に試し塗りして色を合わせますが、やや明るい色にしておきます。そうすると仕上がりでクリアを吹いたときにやや暗く(濃く)なるのです。問題は資料をもとに当時のモデル別カラーバリエーションを調べ、この時代のL1に使われていた色を同定せねばなりません。調べたところ、幸運なことに手元にほぼ同年代に製作されたGibson L-3 を所有していまして、そのボディカラーが今回修理中のL-1のオリジナルの塗装色に近いと判断しました。従って今回はそれに近い色合いに仕上げることにします。タンポで擦り込むように拭いて染めますが濃淡に注意しながら作業します、違和感のないように自然な仕上がりにするのが染め作業のムズカシイところなのであります。メイプルの単板なので、木目がひきたつように染めていきます(修理前は完全な不透明ペイントのベタ塗りで木目がまったく見えていなかった)。
え〜〜〜、話は前後するのですが、表面板のリフィニッシュ(塗装)を説明します。今回はやることがたくさんあるので至る箇所のリペアを同時進行しましたが、撮影した写真が飛び飛びになっていてホームページの編集もややこしいです(笑)。
冒頭で紹介したとおりこのギターは火あぶりの刑で表面板の塗装も沸騰・溶解していました。この写真にも塗料の溶けた筋が写っています。さて、まずは塗装を剥がしますが表面のツブツブをならすためにサンディングします。そうです、ここでは剥離剤の使用はそのあとにします。剥離剤を乱用するとビンディングまで剥がれて側面板がブレイクする恐れがあるため慎重に行います。さきの側面板と裏板のフィッティングで結構な緊張が側面板にはかかっているのです。写真では真っ白になってハデですが実際にはここも軽〜〜〜〜くサンディングしています。
この写真はまだ作業の途中ですが、かなり時間をかけてスカスカスカっと丁寧に剥がしていきます。気の短い人にはリペアは向かないかもしれませんなぁ.......。
さて、表面板の染め作業です。前の写真のようにスプルース単板の生地の色に元のアンバーで染めていかねばなりません。オリジナルの色を目に焼き付けて忘れないようにするために、サンデイングから染めの作業は一日でやってしまいます。作業前の写真も撮影してありますが証明の具合やデジカメの露光値を揃えないと単純に比較できませんので色の再現には注意が必要です。
顔料を調合したセラックでタンポをつかってムラにならないように素早く染めていきます。昼間ならお日様に照らして表面の状態をチェックしますが、なにせ夜中に作業せざる得ないことが多いので作業用ランプをあてて入念にチェックしながらの作業です。さきにも述べましたが仕上がりで濃くなるのでこの段階ではやや明るく薄い色合いにとどめておきます。くれぐれもムラにならないように要注意。
さあ、ここまでで染めと塗装の下地作りは完了です。塗装の仕上げはクリア。
さて、最後は透明に近いセラックで仕上げても良いのですが今回はニトロセルロースの薄いクリア層のフィニッシュとします。ラッカー塗装はポリウレタンやニトロセルロースなどがありますが、いずれであってもセラックよりは厚塗りしがちですので表面の状態を見ながら必要最低限の厚さの塗膜に仕上げます。木材生地についた傷のうち、無理に塗料でそれをカバーしようなどとやると厚塗りされてしまいますのでそういった局所的な傷は最後に専用の樹脂材料でタッチアップしてやります。クリアを吹くとこの写真のように深い赤褐色の色合いになり、メイプルの木目がうっすらと浮かんで見えるようになります。換気を考えて車庫でのフィニッシュ作業ですが、表面は短時間で乾くのでその後の乾燥は室内です。
おっと! クリアを塗装する前に忘れてはいけない作業があります、染めの作業で顔料を含むセラックやクリア塗料がビンディングにかかっていますから、スクレーパで境目に注意してはみ出した塗膜を剥がしておきます。これも丁寧に作業しないとキタナクなるので要注意。
あとは塗装表面を研いだのちコンパウンドを使って磨きをかけます。電動のポリッシャーがあれば楽ですが私は手作業でノロノロと仕上げます。塗装作業ではサウンドホールや指板のマスキング、そして自分の口鼻へのマスクを忘れずに。こうやって微妙な染めと適量のクリア層、そして丹念なポリッシュの作業によって深いツヤと光沢が戻ってくるのであります.......。しかしまぁ....あまり光沢を出しすぎるとキモチ悪いぐらいの新品状態になってしまうので程良いツヤでとどめておいたほうが自然な仕上がりです(このへんの程度が難しい)。
表面板も同様に仕上げます。塗装作業は順調にいけば楽しい作業ですがムラやツヤがうまくでないといったトラブルが起こると厄介でつらい作業になってしまいます。季節や室内の温湿度によって塗料の乾き具合が変わるので常に同じ要領で作業しても微妙に作業の進行度合いや仕上がりは異なるようです。
はい、というわけで表面板の塗装をほぼ終えたところです。室内なので写真がやや実物より黄色っぽく見えるかな? ここまでくればほぼボディ全体の作業を終えたことになります(L-1は表面板の両端部のごく一部分は接いである仕様なんですね)。
さて、これで終わりではありません。ナットを作り直して指板支持部とともに調整、そして溶けていたテールピースも修正して元通り、ピンも傷みが激しすぎて割れていたので黒檀で作り直し。さらに黒檀のブリッジも熱でよじれており、これもなおして調整しました。あと、ここでは詳細を紹介していませんがピックガードの反りをなおし、ボディ全体の小傷や打痕の処理、ヘッドの割れ修理と塗装、糸巻きの交換(但しほぼ同時代のもの)と調整とグリスアップ、.........などなどを処理して........(これ以上説明していたらキリがないので省略)........ようやく全作業を完了。
レストアの準備から最後の調整まで含めると約3ヶ月に及びました(毎日は作業できないんですけどね)。まだまだ細部にわたっては手法を検討すべき点もありますが、今回は比較的規模の大きい作業だっただけにいろいろ勉強させてもらいました。
● 無理矢理この1ページに修復過程のすべてをまとめてしまったので作業の解説と写真が多くなりすぎました。作業完了後の比較写真は別のページとして公開します。